EXECUTIVE BLOG

社長&顧問ブログ

2026.10.2

高村光太郎

高光産業株式会社

妹尾八郎です

 

昨日までは、

森鴎外、夏目漱石、幸田露伴、石川啄木と、

谷根千や本郷界隈に生きた文人たちをたどってきました。

 

今日の話しは、高村光太郎です。

 

名前を聞けば、『智恵子抄』。

あるいは、『道程』。

そんな詩を思い浮かべる方が多いかもしれません。

 

しかし、

高村光太郎は詩人であると同時に、彫刻家でもありました。

 

言葉を書く人。

そして、木や石を削り、形をつくる人。

一見すると、まったく違う二つの世界です。

 

私はここに、何度も感じてきた一つのことを思います。

 

人間は、一つの肩書だけでは語れないと言う事です。

 

高村光太郎は1883年、明治16年に生まれました。

父は、著名な彫刻家・高村光雲ですね。

 

光太郎は幼い頃から、彫刻の世界に囲まれて育ちました。

やがて東京美術学校、現在の東京藝術大学へ進み、彫刻を学びます。

そして卒業後はアメリカやヨーロッパへ渡り、西洋の彫刻や芸術に触れました。

中でも大きな影響を受けたのが、

フランスの彫刻家ロダンでした。

 

しかし、

光太郎は彫刻だけでは終わりません。

学生時代から詩を書き、雑誌『明星』にも作品を発表するようになります。

彫刻家として手を動かしながら、詩人として言葉も生み出していたのです。

 

「どちらが本当の高村光太郎なのか」

ここで私は少し考えました。

 

もし今、高村光太郎に、

「あなたは彫刻家ですか、それとも詩人ですか」

と聞いたら、どう答えたでしょう??。

 

もしかすると、「どちらも自分だ」と答えたのではないでしょうか。

 

私たちは人を見る時、

会社員。経営者。医者。教師。芸術家。

と、肩書で分けたくなります。

けれど、

その人の中には、もっと多くの面があります。

 

森鴎外もそうでした。

軍医であり、文学者でもありました。

高村光太郎も、

彫刻家であり、詩人でした。

 

つまり、

人間は本来、肩書よりもずっと大きな存在なのだと思います。

 

高村光太郎の代表作の一つに、『道程』があります。

有名な冒頭、

「僕の前に道はない」という言葉があります。

 

そして、自分が歩いた後に道ができていく。

そんな内容の詩です。

 

この言葉は、今読んでも力があります。

 

人はどうしても、

「前例があるか」「誰かがやっているか」「成功例があるか」

を気にします。

 

もちろん、先人の経験を学ぶことは大切です。

しかし、

すべてのことに前例があるわけではありません。

 

誰かが最初に歩いたから、そこに道ができたのです。

 

新しい仕事。新しい考え方。新しい生き方。をすると

最初は、「そんなことをしてどうする」

と言われることもあるでしょう。

 

それでも歩く。

すると、後ろに道ができていく。

高村光太郎の言葉は、百年以上たった今も、

新しいことへ踏み出そうとする人の背中を押してくれます。

 

しかし、

高村光太郎という人を語る時、

もう一人、どうしても忘れることのできない人がいます。

それは

高村智恵子。後に妻となる女性です。

 

智恵子自身も画家として芸術を志していました。

つまり、

芸術家である光太郎と、芸術家である智恵子。

二人は互いに刺激を受けながら生活していきます。

 

その関係の中から生まれた詩をまとめたものが、

後に『智恵子抄』となりました。

 

『智恵子抄』には、

恋をしていた頃の喜び。夫婦として暮らした時間。智恵子の病。

そして別れ。

そのすべてが書かれています。

 

単なる恋愛詩ではありません。

一人の人を長く思い続けた、一人の人間の記録でもあるのです。

 

『智恵子抄』の中には、あまりにも有名な、「東京には空が無い」

という言葉があります。

 

智恵子は東京の空を見ながら、故郷の本当の空を思いました。

その言葉だけを読むと、故郷を懐かしんだ美しい表現に思えます。

 

しかし、その背景を知ると、少し違って聞こえてきます。

 

人は、

どこにいても幸せになれるとは限りません。

どれだけ都会にいても、心が落ち着かないことがあります。

便利な場所にいても、本当に自分らしくいられないことがあります。

逆に、

何もないように見える場所でも、

そこが自分にとっての「本当の空」であることがあります。

 

場所というのは、住所だけではありません。

自分の心が安心できる場所。

それが、その人にとっての故郷なのかもしれません。

 

 

智恵子は、やがて心の病を患います。

そして、

以前の智恵子とは違う状態になっていきます。

 

愛する人が、少しずつ変わっていく。

それをそばで見続けることは、

光太郎にとって、どれほどつらいことだったでしょう。

 

『智恵子抄』を読むと、

きれいな愛だけではありません。苦しさもあります。

悲しさもあります。どうすることもできない無力感もあります。

しかし、それでも光太郎は、

智恵子を書き続けました。

 

私はここに、とても深いものを感じます。

 

人を大切にするということは、

元気な時だけ大切にすることではありません。

楽しい時だけ一緒にいることでもない。

 

相手が変わってしまっても、苦しい状況になっても、

その人との時間を自分の人生として受け止めていく。

それも、一つの愛の形なのだと思います。

 

高村光太郎について調べていると、

「もし智恵子と出会っていなかったら」と考えてしまいます。

 

『智恵子抄』は生まれなかったでしょう。

光太郎自身の人生も、大きく違っていたでしょう。

 

人生には、そんな出会いがあります。

その人と出会ったことで、

考え方が変わった。仕事が変わった。生き方が変わった。

時には、

苦しみも増えたかもしれない。

しかし、

それも含めて、その人との出会いが自分の人生を深くしていくことがあります。

 

良い出会いとは、楽しい時間だけをくれる人との出会いではないのかもしれません。

自分を変えてくれた人。自分に考えさせてくれた人。

自分の中に、それまでなかった感情を教えてくれた人。

 

そんな人との出会いも、

人生にとって大切なものなのだと思います。

 

高村光太郎は10歳の頃から、駒込林町、現在の千駄木周辺で暮らしました。

後には自ら設計した住まいもこの地域に構えています。

 

文京区も、森鴎外の観潮楼周辺について、

高村光太郎をはじめ多くの文人が暮らした地域だったと紹介しています。

 

そう考えると、また不思議な気持ちになります。

 

普段歩いている根津神社。

そこから少し歩いた町に、

森鴎外がいた。夏目漱石がいた。石川啄木がいた。

そして、高村光太郎もいた。

 

当時の彼らは、今のように教科書に載る「偉人」ではありません。

毎日を生きる、一人の人間でした。

考え、迷い、仕事をし、人を愛し、時には苦しみながら、

この町を歩いていたのです。

 

高村光太郎の人生を知って、私は改めて思います。

 

人は、「自分はこういう人間だ」

と決めすぎない方がよいのかもしれません。

 

今まで会社員だったから、会社の仕事しかできない。

経営者だから、経営のことだけ考える。

七十歳だから、もう新しいことを始めない。

 

そんなふうに決める必要はありません。

 

森鴎外は、

軍医でありながら小説を書きました。

高村光太郎は、

彫刻家でありながら詩を書きました。

 

一つの道を歩いている途中から、もう一本の道をつくってもいい。

むしろ、

その二つが重なった時、

その人にしかできないものが生まれることがあります。

 

私たちは、「正しい道を探そう」とします。

けれど、高村光太郎の『道程』を思うと、

少し考え方が変わります。

 

道を探すのではなく、自分が歩くことで道になる。

それなら、

今までと違うことを始めてもいい。

遠回りしてもいい。

途中で方向を変えてもいい。

何歳になってもいい。

 

一歩進めば、そこに新しい道ができます。

 

そして振り返った時、「ああ、自分はこういう道を歩いてきたのか」

と分かる。

 

人生というものは、

最初から完成した地図を渡されて歩くものではないのかもしれません。

 

明日の朝も、根津神社へ向かいます。

そして、いつもの町を歩きます。

 

その近くに、かつて高村光太郎が暮らしていたことを知った今、

また一つ、町の景色が変わったような気がします。

 

彫刻家。詩人。

そして、

一人の女性を深く愛した人。

 

高村光太郎を一つの肩書だけで説明することはできません。

 

そしてそれは、私たちも同じなのだと思います。

 

人は、一つの名前、一つの仕事、一つの役割だけでできているのではない。

まだ自分自身が知らない自分が、この先にもいるかもしれません。

 

だから、

「もう遅い」と決めない。

「自分にはできない」と決めない。

 

今日まで歩いてきた道の先に、もう一本、新しい道をつくってもいい。

 

高村光太郎の生き方と言葉は、そんなことを静かに教えてくれているように思います。

 

そして谷根千には、

まだ別の形で文学を残した人たちがいます。

 

明日はその話しに進むか

ここで 又番外編か???

は、、、、

 

明日のお楽しみ、、、、。

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/

次の記事へ
前の記事へ