
EXECUTIVE BLOG
2026.10.6
高光産業株式会社
妹尾八郎です
これまで、
森鴎外、夏目漱石、幸田露伴、石川啄木、高村光太郎と、
谷根千や本郷周辺に生きた文人たちをたどってきました。
一人ひとりを追いかけてきたつもりでした。
けれど、
調べれば調べるほど、一つのことに気づきます。
彼らは、決して一人で生きていたわけではありません。
同じ町を歩き、誰かの家を訪ね、作品を読み、語り合い、
時には励まされ、時には厳しい言葉を受けながら、
それぞれの道をつくっていきました。
そして、
その人と人とのつながりを象徴する場所の一つが、
森鴎外の「観潮楼」でした。
鴎外が千駄木で長く暮らした家です。
そこには多くの文化人が集まりました。
石川啄木。斎藤茂吉。伊藤左千夫。与謝野寛。
永井荷風。正岡子規。
今では文学史に残る名前ばかりです。
けれどその時代の彼らは、
最初から「偉人」だったわけではありません。
まだ若かった人もいたでしょう。
作品が思うように評価されず、悩んでいた人もいたでしょう。
自分の進む道が正しいのか、迷っていた人もいたでしょう。
そんな人たちが集まり、言葉を交わした。
私は、その光景を想像すると、とても興味深く感じます。
今なら、有名作家の集まりのように見えます。
しかし当時は、
まだそれぞれが自分の道を探している途中だったはずです。
誰かの一言に励まされたこともあったでしょう。
誰かの作品を読んで、「自分も負けていられない」
と思ったこともあったでしょう。
逆に、
自分の考えを否定され、
悔しい思いをしたこともあったかもしれません。
けれど、その悔しささえ、
次の作品を生む力になったこともあったのではないでしょうか。
人は、
一人でも努力できます。一人で勉強することもできます。
一人で考えることもできます。
しかし、
自分一人では気づけないことがあります。
誰かと話して初めて分かることがあります。
人の考えに触れて、「そんな見方もあるのか」
と気づくことがあります。
そして、
その気づきが、自分の中に新しい何かを生み出します。
私は、今回の谷根千の文豪たちを調べていて、
「才能」というものについて少し考えました。
もちろん、鴎外も、漱石も、啄木も、光太郎も、
それぞれに大きな才能があったでしょう。
しかし、才能だけで人は育つのでしょうか???。
私は、そうではないように思います。
誰と出会ったか。誰に認めてもらったか。
誰に刺激されたか。誰に注意されたか。
どんな場所に身を置いたか。
そうしたことが、
その人の才能を育てていくのではないでしょうか。
一人の中にあるものだけで、すべてが完成するわけではありません。
人は、人によって磨かれるのだと思います。
谷根千や本郷という町には、そんな環境があったのだと思います。
すぐ近くに大学がある。本屋がある。出版社がある。
学者がいる。学生がいる。作家がいる。芸術家がいる。
誰かが何かを考え、誰かがそれを聞き、
また別の誰かが新しいものをつくる。
そうやって、
町そのものが人を育てていたのではないでしょうか。
考えてみれば、
良い場所とは、立派な建物がある場所ではないのかもしれません。
人が集まり、安心して話せて、刺激を受け、
また明日頑張ろうと思える場所。
そんな場所こそ、
人を育てる場所なのだと思います。
観潮楼も、きっとそうだったのでしょう。
森鴎外の家ではあります。
しかし、そこに多くの人が集まれば、
単なる一軒の家ではなくなります。
誰かの考えと、別の誰かの考えが交わる場所になる。
そして、
その中から新しい作品や新しい思想が生まれる。
私はそこに、「場所が持つ力」というものを感じます。
そして、もう一つ思うことがあります。
人との出会いは、その時には大切さに気づかないことがあります。
たまたま紹介された人。たまたま同じ席になった人。
たまたま一緒に仕事をした人。
その時には、
「良い人だったな」くらいにしか思わなかったかもしれません。
しかし、何年も後になって、
「あの人に出会ったから、今の自分がある」
と思うことがあります。
人生とは不思議です。
大きな決断だけで変わるのではありません。
何気ない出会いによって、少しずつ方向が変わることがあります。
石川啄木が観潮楼へ足を運んだことも、
その一つだったかもしれません。
高村光太郎が父・光雲から彫刻を学んだこともそうです。
夏目漱石が一匹の猫から物語を思いついたこともそうでした。
人生を変えるきっかけというものは、
その時には、きっかけだと気づかないことが多いのかもしれません。
だからこそ、
人との出会いを粗末にしないこと。
目の前の人の話を聞くこと。
自分とは違う考えをすぐに否定しないこと。
私は、
それがとても大切なのだと思います。
そして、
自分自身も、誰かにとって良い出会いになれるようにしたい。
誰かが困っている時、一言声をかける。
誰かが頑張っている時、「見ていますよ」
と伝える。
誰かが迷っている時、
答えを押しつけるのではなく、話を聞く。
そんな小さなことが、相手の人生にとって
思いがけない力になることもあるのではないでしょうか。
人は、
自分の人生を自分だけでつくっているように思います。
しかし、振り返ってみると、そこには必ず誰かがいます。
親がいる。先生がいる。友人がいる。
仕事仲間がいる。自分を認めてくれた人がいる。
叱ってくれた人がいる。
時には、反面教師になってくれた人さえいます。
そう考えると、
今の自分は、自分一人でできたものではない。
多くの人との出会いが積み重なって、
今の自分になっている。
そう思えてきます。
私は東京にいる時は、根津神社へ参拝します。
同じ道を歩きます。
しかし、これらの事を考えてみると
今では、町の見え方が少し変わりました。
森鴎外がいた。夏目漱石がいた。石川啄木がいた。
高村光太郎がいた。
そして、彼らは互いに人と出会いながら、
それぞれの人生をつくっていった。
そう思うと、町というものは、建物の集まりではないのだと思います。
そこに生きた人。そこに集まった人。そこで交わされた言葉。
そこで生まれた思い。
それらが重なって、町の歴史になっていく。
谷根千が「文豪の町」と呼ばれる理由も、
有名な人がたくさん住んでいたからだけではないのかもしれません。
人が人を呼び、人が人を育て、
そのつながりの中から新しい文化が生まれた。
そこに、この町の本当の魅力があるように思います。
そして私は、
人生にも同じことが言えるのではないかと思います。
良い人生とは、
何を手に入れたかだけではありません。
どれだけ多くの人と本気で向き合ったか。
誰かの人生に、少しでも良いものを残せたか。
そして、自分もまた、
人との出会いから何かを受け取ることができたか。
それが、人生を豊かにしていくのではないでしょうか。
人は、一人では大きくなれない。
そして、
人との出会いは、その人がいなくなった後も、自分の中に残り続けます。
言葉として。考え方として。生き方として。
もしかすると、
本当に大切な財産とは、
お金でも、肩書でも、建物でもなく、
自分の中に残った「人との縁」なのかもしれません。
根津神社の一軒の古い家から始まった今回の話し。
一人の文豪を知り、次の人を知り、
また別の人へとつながってきました。
気がつけば、私は文豪の名前を調べていたのではなく、
人と人とのつながりをたどっていたような気がします。
そして明日ははいよいよ完結編となる予定です、、、。
この話を書き始める前と今では、
同じ景色が、少し違って見えるようになりました。
なぜでしょう???????
その話しは????
明日の完結編に続く、、、??、
あくまでも予定、、、、、、、、、。