
EXECUTIVE BLOG
2026.11.5
高光産業株式会社
妹尾八郎です
先日、不忍池で偶然見つけた一体の銅像。
その人物が鑑真和上であると分かり、
これまでの人生を調べていくうちに、
思いがけない事実を知りました。
あの銅像が不忍池のほとりに建てられたのは、
2022年7月20日のことだったのです。
日中国交正常化50周年という節目の年でした。
しかし、
さらに興味深かったのは、銅像が建立されるまでの経緯です。
その始まりには、一人の日本人外交官の働きかけがありました。
元駐中国大使の横井裕氏です。
2018年ごろ、当時の横井大使は中国美術館を訪問した際、
館長で彫刻家でもある呉為山氏に、
鑑真の彫刻を日本のために制作してほしいと依頼しました。
この出来事を、後に呉氏本人が取材で語っています。
私は、この事実を知って、歴史の不思議さを感じました。
およそ1300年前、
二人の日本人僧侶が中国へ渡り、
鑑真に日本へ来てほしいと願い出ました。
そして現代では、一人の日本人外交官が、
中国の芸術家に鑑真の姿を日本へ届けてほしいと願い出たのです。
時代も、立場も、目的も異なります。
けれど、海を隔てた国の人に願いを伝え、
その願いを受け止めた人が新たな仕事を始める。
そこには、
どこか共通するものを感じずにはいられませんでした。
依頼を受けた呉為山氏は、鑑真の銅像の制作に取り組みます。
実は、
呉氏は以前にも鑑真を題材とした彫刻を手がけていました。
2005年には、鑑真の故郷である揚州のために鑑真像を制作しています。
その作品が、東京に建てられた像の原型となりました。
しかし、
上野公園に設置するためには、さまざまな工夫が必要でした。
設置場所の地下には交通施設などがあり、
重さに配慮する必要があったのです。
そこで、
数百枚もの銅板を加工し、組み合わせるという方法が採用されました。
制作には、およそ半年を要したといいます。
呉氏が表現しようとしたのは、
単に鑑真の容姿ではありませんでした。
荒れ狂う海を越え、日本へ渡ろうとする鑑真の強い意志でした。
大きく広がる衣の袖。
風を受けながらも、揺るがずに立つ姿。
呉氏は、
そこに海の風だけでなく、文化を運ぶ風の意味も込めたと語っています。
なるほど、そうだったのか。
私は、あの銅像の姿を思い出しました。
最初は、ただ穏やかに立っている人物だと思っていました。
しかし、
あの衣の広がりは、かつて鑑真が命がけで渡った海の風を表していたのです。
さらに、建立場所として不忍池が選ばれたことにも理由がありました。
候補地は三か所ありましたが、
呉氏は、水と深く関わる鑑真の渡航を思い、
不忍池のほとりを選んだと語っています。
かつて鑑真が苦難の末に越えた海。
その姿を、今度は穏やかな水辺に立たせたかったのでしょう。
そして2022年7月20日。
上野恩賜公園で除幕式が行われました。
東京都の小池百合子知事、中国の孔鉉佑駐日大使、
外務省の三宅伸吾外務大臣政務官らが式典に臨みました。
制作した呉為山氏は、ビデオメッセージで参加しました。
日本と中国の多くの関係者の協力によって、
一体の銅像が不忍池のほとりに恒久的に設置されたのです。
鑑真本人が日本へ渡ったのは、753年。
それから1269年後の2022年、
今度はその姿をかたどった銅像が中国から日本へ届けられました。
何とも不思議な歴史の巡り合わせではないでしょうか。
私は、今回のことを調べながら、もう一つ大切なことを感じました。
それは、歴史というものは、
偉大な人物だけによってつくられるわけではないということです。
1300年前には、鑑真を日本へ招こうとした栄叡と普照がいました。
鑑真の亡き後には、
唐招提寺を守り育てた如宝や、その姿を残そうとした忍基がいました。
時代を超えて、その人生を絵画に託した東山魁夷もいました。
そして現代には、
銅像制作のきっかけをつくった横井裕氏がおり、
その願いを作品として実現した呉為山氏がいました。
もちろん、それぞれの仕事は、
さらに多くの人々の支えによって成り立っています。
歴史を振り返ると、私たちは一人の英雄の姿を追いかけがちです。
しかし、
その人物の志を理解し、支え、
後世に伝えようとする人々がいなければ、
今日までその功績が語り継がれることもなかったでしょう。
人間は、一人では大きなことを成し遂げられないものです。
優れた考え方があっても、
それを理解する人がいなければ広がりません。
立派な仕事を残しても、
その価値を次の世代へ伝える人がいなければ、
やがて忘れ去られてしまうかもしれません。
だからこそ、人と人との出会いが大切なのでしょう。
自分が持っている知識や経験を、誰かのために役立てる。
自分が生み出した仕組みを、次の世代へ手渡す。
そして、
自分が生きている間に完成できなかった仕事も、
誰かが引き継いでくれるような土台を残す。
それこそが、人生における大きな仕事なのではないかと思います。
私は、年齢を重ねた今だからこそ、
こうしたことを強く感じるようになりました。
自分が何を手に入れるか。
どれほど大きな仕事を成し遂げるか。
もちろん、それも大切なことでしょう。
しかし、これからは、
自分が生み出したものが、誰かの役に立ち、
さらに次の世代へ受け継がれていくことにも、
大きな価値を見いだしたいと思うのです。
先日、何気なく歩いていた不忍池。
そこに立つ一体の銅像が、
これほど多くの人々の人生と結びついていたとは、
思いもしませんでした。
最初に見つけた時は、尼僧なのか女性なのかさえ分からなかった人物。
その正体を知ろうとしたことから、
1300年にもわたる壮大な人間の物語に出会うことができました。
次に不忍池を訪れた時には、
あの銅像をもう一度、ゆっくり眺めてみたいと思います。
そして、きっと以前とは違った気持ちで、その姿を見つめることでしょう。
なぜなら、
今の私には、あの銅像が、
ただ一人の偉大な人物を記念するために立っているようには思えないからです。
そこには、時代を超えて志を受け継いできた、
多くの人々の思いが重なっているように感じられるのです。
人の命には限りがあります。
しかし、
人が誰かのために残した思いには、
必ずしも終わりがあるわけではありません。
一人の人生には終わりがあっても、
その人が誰かの心に灯した光は、
次の人へ、また次の人へと受け継がれていく。
1300年前に海を渡った鑑真。
そして1300年近い時を経て、再び日本に届けられたその姿。
不忍池のほとりに静かに立つ鑑真和上は、
今日も変わらず、行き交う人々を見守っています。
あの銅像は、何も語りません。
けれど、その歴史を知った人の心には、
きっと一つの問いを残してくれるのではないでしょうか。
「あなたは、次の世代に何を手渡していきますか」
私は、その問いに対する答えを、
これからの人生の中でも探し続けていきたいと思います。
明日は 番外編で
あの話へ、、、、、。。。
続く、、、、、、、、。