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2026.11.7

仏教はあった。それなのに何が足りなかったのか

高光産業株式会社

妹尾八郎です

 

鑑真が日本へ渡ったのは753年。

今からおよそ1270年前のことです。

 

しかし、ここで一つ、不思議に思うことがあります。

 

鑑真が日本へ来るよりも、はるか以前から、

日本にはすでに仏教が伝わっていました。

 

飛鳥時代には聖徳太子が仏教を重んじ、

法隆寺などの寺院が建てられています。

 

奈良時代に入ると、

東大寺や興福寺などの大きな寺院が存在し、多くの僧侶が活動していました。

聖武天皇は、仏教の力によって国家の安定を願い、

東大寺の大仏建立を進めていました。

 

つまり、鑑真が来る前から、

日本には仏教があり、寺院があり、僧侶もいたのです。

 

それなのに、

なぜ遠い中国から、わざわざ鑑真を招く必要があったのでしょうか。

実は、

そこに当時の日本仏教が抱えていた大きな問題がありました。

 

それは、正式な僧侶を育てるための「授戒」という制度が、

十分に整っていなかったことです。

 

当時の仏教では、

僧侶になるためには、ただ髪を剃り、

仏教を学べば良いというものではありませんでした。

 

一定の修行を積み、資格を持った指導者から

正式に戒律を授かることが重要とされていたのです。

 

しかも、その授戒には、

原則として複数の正式な僧侶が立ち会う必要がありました。

中国では、こうした仕組みがすでに発達していました。

 

ところが、日本では、その制度を十分に整えることができていませんでした。

さらに、国の許可を得ずに僧侶となる「私度僧」も増えていました。

 

当時、僧侶には一般の人々とは異なる税や労役の扱いがあり、

国家としても僧侶の資格を管理する必要があったのです。

 

もちろん、正式な手続きを経ていないからといって、

その人の信仰心が必ずしも劣っていたわけではありません。

 

しかし、誰が正式な僧侶なのか、

どのような修行を積んできたのかが分からなければ、

仏教界全体の秩序を保つことは難しくなります。

 

そこで日本は、中国から優れた指導者を招き、

正式な授戒の仕組みを整えようとしたのです。

 

その役目を担ったのが、

栄叡と普照という二人の日本人僧侶でした。

 

二人は733年、遣唐使とともに中国へ渡ります。

しかし、

中国に渡れば、すぐに目的の人物と出会えるわけではありません。

 

広大な中国の中で、戒律に精通した高僧を探し、

日本へ来てくれるように願い出なければならなかったのです。

 

そして742年、

二人は揚州の大明寺で鑑真と出会いました。

当時の鑑真は、すでに高い名声を得ていた人物です。

 

多くの弟子が集まり、中国での活動も充実していました。

その鑑真に、二人は日本へ来てほしいと願い出たのです。

 

簡単に引き受けてもらえるような話ではありません。

命の保証もない航海です。

しかも、無事に日本へ到着できたとしても、故郷へ帰れるとは限りません。

それでも鑑真は、日本へ渡ることを決意しました。

 

私は、この話を知って、あることを考えさせられました。

 

それは、どれほど立派な理念を掲げても、

それを実践できる人が育たなければ、組織は長く続かないということです。

 

企業においても同じではないでしょうか。

 

素晴らしい経営理念をつくることはできます。

立派な事業計画を立てることもできます。

しかし、

その理念を理解し、実際の仕事の中で守り続ける人がいなければ、

やがて形だけのものになってしまいます。

 

大切なのは、理念を掲げることだけではありません。

それを実践する人を育て、

次の世代へ伝える仕組みを整えることなのです。

当時の日本が必要としていたのも、まさにそのような人物だったのでしょう。

 

そして、もう一つ忘れてはならないことがあります。

それは、鑑真の偉業が、

栄叡と普照という二人の日本人の願いから始まったことです。

 

歴史に名を残すのは、

最後に大きな仕事を成し遂げた人であることが多いものです。

しかし、その陰には、最初のきっかけをつくった人がいます。

 

誰かに会いに行った人。

断られることを恐れず、願いを伝えた人。

実現する保証もない仕事に、自分の人生を費やした人。

 

そうした人々がいなければ、

歴史そのものが違ったものになっていたかもしれません。

 

人間は、一人では大きなことを成し遂げられないものです。

誰かの願いを受け止め、互いの力を合わせるところから、

大きな仕事は始まるのでしょう。

 

本当に価値のある仕事とは、

自分一人が成功することではなく、

自分がいなくなった後も、

人々の役に立ち続ける仕組みを残すことなのかもしれません。

 

日本が鑑真を必要とした理由ですが、、

それは、一人の有名な僧侶を迎えることではなく、

仏教を支える人材を育てる仕組みを整えることだったのです。

 

では、

その鑑真が何よりも大切にしていた「戒律」とは、

いったいどのような教えだったのでしょうか。

 

それは?????

明日に続く、、、。

高光産業株式会社 公式サイト

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