
EXECUTIVE BLOG
2026.9.20
高光産業株式会社
妹尾八郎です
昨日は
「あなたの母校にいなければ、別の母校にはいる。」
という話でした。
一つの学校だけではなく、複数の学校の卒業生がつながれば、
そこには大きな人材ネットワークが生まれる。
人材を探している企業と、自分をもっと生かせる場所を探している人。
その二つを、
本人の意思と個人情報を大切にしながらつなぐ。
そして、
約20年前に取得した「人と人をつなぐ」発想の特許と、
最近取得した特許第7529332号の
「人と企業をより適切につなぐ」という発想を組み合わせる。
そこから、新しい人材の仕組みが生まれるのではないか、
というところまでの話しでした。
しかし、ここまで考えてきて、私はもっと根本的なことが気になり始めました。
それは、
「そもそも学校は、学生を就職させたら、その役割を終えるのだろうか。」
ということです。
当たり前のことですが、学校には卒業があります。
入学して、授業を受け、試験を受け、単位を取り、
就職活動をして、卒業式を迎える。
そして、
卒業証書を受け取ります。
「おめでとう。」先生からそう言われ、
校門を出て、社会人になる。
学校としては、一人の学生を社会へ送り出したことになります。
しかし、学生本人の人生から見れば、それは終わりではありません。
むしろ、そこからの方が長いのです。
22歳の就職は、人生の最初の一歩にすぎないのです。
例えば、
22歳で大学を卒業して就職したとします。
そこから、人生にはいろいろなことが起きます。
30歳。今の仕事が、本当に自分に合っているのか悩む。
35歳。働き方を変えたくなる。
40歳。長年温めてきた夢を実現するため、起業したくなる。
45歳。会社から、新しい事業を任される。
50歳。今度は自分が、人を採用する立場になる。
60歳。定年や役職定年を迎え、第二の仕事を考える。
70歳。これまで50年間積み上げてきた経験を、誰かに伝えたいと思う。
考えてみれば、22歳の就職だけが「キャリア」ではありません。
人生そのものが、キャリアなのです。
なぜ学校のキャリア支援は卒業前が中心なのだろうかと
思っていました、、、。
多くの学校には、キャリアセンターがあります。
就職相談を行い、企業説明会を開き、求人情報を提供し、
学生の就職活動を支援しています。
これは、とても大切なことです。
しかし、私は思うのです。
卒業した後の方が、仕事で悩むことは多いのではないか。
社会へ出て初めて、自分に向いている仕事が分かることがあります。
働いてみて初めて、自分が本当にやりたかったことに気づくこともあります。
失敗して、初めて見えることもあります。
それなのに、一番人生経験の少ない22歳の時に、
人生で一度だけの就職先を決めるような感覚になってしまう。
少し不思議なことではないでしょうか。
もし、学校のキャリアセンターが、
卒業と同時に終わらなかったらどうでしょう。
卒業して10年。35歳になった卒業生が、母校のサイトを開く。
「転職を考えています。」と登録する。
すると、
母校の卒業生企業や、連携している他校の卒業生企業の中から、
その人の経験を必要としている企業の情報が届く。
あるいは、
20年先輩の卒業生から、
「私も35歳の時に転職しました。一度話をしてみませんか。」
という連絡が来る。
これは、
単なる求人情報とは、少し違うと思うのです。
そこには、人生の先輩の経験があります。
40歳になり、「自分で会社をつくりたい」と思う人もいるでしょう。
しかし、起業は簡単ではありません。
何から始めればいいのか。資金はどうするのか。
営業はどうするのか。人材はどう集めるのか
分からないことばかりです。
その時、母校の卒業生ネットワークに、
会社を30年間経営してきた先輩がいたらどうでしょう。
その先輩が、成功談だけではなく、
「私はここで失敗した。」という話をしてくれる。
もしかすると、その一言の方が役に立つかもしれません。
そして、人の立場は、人生の中で変わっていきます。
22歳の時は、仕事を紹介してもらう側だった。
35歳では、転職の相談をする側だった。
40歳では、起業について教えてもらう側だった。
しかし
50歳になり、自分が会社を経営する立場になった。
すると今度は、母校の後輩を採用する側になります。
「若い人に、チャンスを与えたい。」
そう思うようになるかもしれません。
つまり、学校のネットワークでは、
ずっと「助けてもらう人」ではありません。
ある時は助けてもらう。ある時は助ける。
この循環が生まれるのです。
私は、
ここがとても大切だと思っています。
70歳になった卒業生がいる。現役の第一線からは、
少し離れているかもしれません。
しかし、
その人には、50年近い社会経験があります。
会社をつくった経験。会社を潰しかけた経験。
人に裏切られた経験。誰かに助けられた経験。
大きな決断をした経験。
失敗して、もう一度立ち上がった経験。
そうしたものは、教科書には書いてありません。
でも、20歳の若者にとっては、
何より価値のある話かもしれません。
70歳になったから、役割がなくなるのではありません。
むしろ、70歳になったからこそ、渡せるものがあります。
前に私は、
「70歳の経験と、20歳の発想が出会ったら面白い」
と書きました。
20歳には、
これからがあります。新しい感性があります。
今の時代を見る目があります。
70歳には、
ここまでがあります。50年間の経験があります。
失敗があります。知恵があります。
どちらが上でも、どちらが下でもありません。
持っているものが違うのです。
学校が、その二人をつなぐ。
そこから、
新しい会社が生まれるかもしれない。
新しい商品が生まれるかもしれない。
新しい研究が始まるかもしれない。
そして何より、
一人の若者の人生が、変わるかもしれません。
これこそ「恩送り」ではないだろうかと思うのです、、。
学生時代、
先生に教えてもらった。先輩に助けてもらった。
誰かに仕事を紹介してもらった。
社会へ出てからも、多くの人に支えてもらった。
その恩を、
同じ人に返すことはできないかもしれません。
しかし、
次の世代へ渡すことはできます。
私は以前、これを、「恩返しではなく、恩送り」
と書きました。
学校を中心とした人材ネットワークは、
仕事を紹介するだけのシステムではありません。
もしかすると、「恩を次の世代へ送る仕組み」
にもなるのではないでしょうか。
少子化に悩む学校にも、大きな意味があるのです。
この考え方は、これからの学校経営にも関係してきます。
少子化が進めば、学校は限られた若者を、他校と奪い合うことになります。
学校説明会では、
偏差値。資格取得率。就職率。施設。キャンパス。
さまざまな魅力を説明します。
しかし、もし一校だけ、
こんなことを言う学校があったらどうでしょう。
「本校は、あなたを卒業まで支援する学校ではありません。」
そして続けます。
「卒業してからも、あなたの人生とつながり続ける学校です。」
保護者の立場になって考えてみてください、
18歳の子供を持つ親が、二つの学校で迷っているとします。
一つの学校は、
「就職率95%です。」
と言う。
もう一つの学校は、こう言う。
「もちろん就職も支援します。しかし、それで終わりではありません。」
「30歳で転職を考えた時も、40歳で起業したい時も、
50歳で人材を探す時も、母校へ戻ってきてください。」
「本校には、何万人という先輩たちがいます。」
もし本当にその仕組みが整っているなら、
これは、
学校選びの新しい価値になるのではないでしょうか。
「就職率」から「生涯支援力」が必要となるのです、
これから学校が競うものは、
就職率だけではないのかもしれません。
卒業後、その人をどこまで支えられるか。
私はこれを、「生涯支援力」
と呼んでもいいのではないかと思っています。
就職。転職。起業。採用。事業承継。再就職。
後輩支援。社会貢献。
人生のそれぞれの場面で、
母校が人と人をつないでくれる。
そんな学校が これから生き残れるのではないかと
考えます。
卒業生は、学校にとって「過去」ではないのです。
学校のホームページを見ると、
どうしても中心は、
これから入学する人と、現在在学している人になります。
もちろん、それは当然です。
しかし、
卒業生は、学校にとって「過去の人」なのでしょうか????。
私は、そうではないと思います。
卒業生は、
学校が社会の中につくってきた「現在」です。
そして、
その卒業生が後輩を育てれば、学校の「未来」にもなります。
つまり、
卒業生は、過去ではありません。
過去と現在と未来をつなぐ存在なのです。
ここまで考えてくると、
「卒業」という言葉の意味まで、少し違って見えてきます。
卒業とは、学校との縁を切ることではありません。
学生という立場を卒業して、
今度は、
「卒業生」という新しい立場で母校と付き合い始めること
なのかもしれません。
22歳までは、学校から教えてもらう。
30代では、学校から新しい縁をもらう。
40代、50代になれば、今度は母校へ何かを返す。
60代、70代になれば、自分の人生で得たものを、
次の世代へ渡す。
そう考えると、学校との付き合いは、4年間ではありません。
50年、60年と続いていくものになります。
約20年前、
私は、
「相手のメールアドレスを知らなくても、人と人をつなげないだろうか」
と考えました。
そして、
最近取得した特許第7529332号では、
「人が持っている能力を、より必要としている場所へつなげられないだろうか」
と考えました。
別々に生まれた二つの発明でした。
しかし、
二つを組み合わせ、その真ん中に学校を置いてみた。
すると、
単なる連絡システムでも、単なる求人システムでもない、
別のものが見えてきました。
それは、
「人の人生を、長い時間をかけてつないでいく仕組み」
だったのです。
学校は、人生で何度でも帰ってこられる場所であるべきなのだと思います。
仕事に迷った時。転職したい時。起業したい時。
人材を探している時。誰かに相談したい時。
そして、
自分の経験を誰かに渡したくなった時。
「そうだ、母校へ行ってみよう。」
そう思える学校になるべきだと。
私は、
これからの学校には、
そんな役割があってもいいのではないかと思っています。
卒業式の日、校門を出ていく学生に、
学校から伝える言葉も変わるかもしれません。
「卒業おめでとう。」
そして、もう一言。
「困った時は、いつでも帰っておいで。」
さらに、こう続けてもいいでしょう。
「いつか誰かを助けられる人になった時も、また帰っておいで。」
学校とは、
若い時だけ通う場所ではなく、人生で何度でも帰ってこられる場所。
そんな学校が増えたら、
教育の意味も、卒業の意味も、そして母校という言葉の意味も、
少し変わってくるのではないでしょうか。
明日はいよいよ????
に続く、、、、。、