EXECUTIVE BLOG
2024.2.3
高光産業株式会社 妹尾八郎です
昨日からの続きです。
昨日までは
京都大学アメリカンフットボール部 ギャングスターズの話になっていました。
そのニックネームからは 想像つかない スカウト方法から練習方法のはなしでした。
さて
京都大学ギャングスターズが創部されたのは 昭和22年でした。
戦後まもなくの時期です。
日本にはこの頃進駐軍がいました。
多くの学生が 戦地から帰ってきて 再び 銃をペンに持ち変える事になるのですが
戦地に赴くまでは 日本が戦争に負けるなど思ってなかったと思いますが
実際戦ってみますと 完敗でした。
日本には神風が吹くと 皆信じていましたし なんといっても大和魂があるのです。
この精神さえあれば ヤンキーごときに負けるはずがないと思っていました。
しかし それが完全に間違っていたのです。
その時 何故日本が負けたのかと 考えていた学生がいました。
そして その原因を掴むために アメリカで人気がある アメリカンフットボールを
研究しようと考えたのです。
それで アメリカンフットボール部を創設することになるのですが
ウィキペディア等で調べますと 澤田さんと言う方が 創部したかのように書かれていますが、
実は 実際の創部に関わったのは 妹尾隆一郎 そうです 私の父親だったのです。
何故 澤田さんが表に出ているかは 後に書きますが
戦争に負けて帰ってきた私の父は その根本にアメリカンスピリットを舐めていた事を
反省し 逆にそこから アメリカンスピリッツを学ぼうを考えたそうなのです。
そして そのために 当時進駐軍の軍曹だった ピンカーマン氏にお願いをして
コーチを引き請けて頂く事にしたそうです
それまで 日本人はアメリカ人には根性がないと考えていたそうですが
そんなことはない 彼らには 開拓魂が根付いていたのです。
アメリカの歴史については また後日にするとして
ご承知の通り アメリカ人はイギリスから独立を勝ち取り 東部13州で先ず建国したあとは 西部開拓に力を注ぐのです
なにもない広大なところを 開拓していく際に培われた精神が後に アメリカンスピリットと呼ばれる事になるのです
その苦労は一言では言えない位のことですよね
それで 創部以後 ピンカーマンに強烈な指導をうけていたそうですが
彼の口癖は ネバーギブアップ! だったそうです
最後の最後まで 諦めるなと言う意味ですね
この精神力 指導力を見た 父たちは これでは 日本は負けるよなと
思ったそうです
そういう事で 京都大学アメリカンフットボール ギャングスターズの生みの親は
私の父である 妹尾隆一郎だったわけですが
ウィキにでている澤田さんとは いかなる方だったのか????
この方が 又凄い方で 私も何度もお会いしたことがあります
父と澤田さんが立ち上げた ギャングスターには 数々の秘話がありますが
その内容は?????
明日に続く、、、、、。