
EXECUTIVE BLOG
2026.8.12
高光産業株式会社
妹尾八郎です
昨日は、8月11日の「山の日」にちなみ、
日本人と山との深い関わりについての話しでした。
今日は「山の日」がいつ、どのようにして生まれたのかの話に進みます、、、。
実は、「山の日」は国が突然つくった祝日ではありません。
長い年月にわたり、
「海の日があるのだから、山にも感謝する日があってよいのではないか。」
そんな願いを持ち続けた登山家や山岳団体、自然を愛する人々、
そして多くの関係者の思いが少しずつ広がり、
国民運動となって実現した祝日なのです。
平成26年(2014年)に祝日法が改正され、
平成28年(2016年)から「山の日」が始まりました。
その制定の過程で興味深いことがあります。
実は、この祝日の普及には、
「海の日」を育ててきた国土交通省も深く関わりました。
海を大切にする国が、今度は山にも感謝する日をつくる。
その背景には、
「自然の恵みに感謝する」
という、日本人らしい心が流れていたのです。
山と海。
一見すると全く違うように思えます。
しかし、その二つは一本の命の流れで結ばれています。
山に降った雨は、長い年月をかけて木々や土に育まれ、
清らかな湧き水となります。
その水は川となって里を潤し、やがて海へと注ぎます。
海から蒸発した水は雲となり、再び山へ雨を降らせます。
自然は、この大きな循環の中で生きています。
だから昔の日本人は、
山だけを敬ったのでも、海だけを敬ったのでもありません。
天地自然すべてに感謝する心を育んできたのです。
日本は国土の約7割が山です。
その山々は、古くから人々の暮らしを支えてきました。
木材を与え、水を育み、動植物を守り、豊かな実りをもたらしてきました。
そして、日本人は山を単なる「資源」として見るのではなく、
神様が宿る神聖な場所として大切にしてきました。
富士山。白山。立山。
古くから「日本三霊山」と呼ばれる山々には、
多くの人々が祈りを捧げてきました。
山に登ることは、景色を楽しむだけではありませんでした。
自分自身と向き合い、自然の大きさを知り、
謙虚な心を取り戻す時間でもあったのです。
私は、山には人生とよく似たところがあると思います。
遠くから眺めると、とても高く見えます。
「自分には登れそうにない。」そう思うこともあります。
しかし、一歩踏み出し、また一歩。
ゆっくりと歩み続ければ、いつしか景色は変わり、
気がつけば頂に近づいています。
人生もまったく同じです。
大きな夢も、一日では叶いません。
人との信頼も、一日では築けません。
健康も、仕事も、毎日の積み重ねによって育まれていきます。
山は何も語りません。
けれど、その堂々とした姿は、
「焦らなくていい。一歩ずつ進めばいい。」
と、静かに教えてくれているようです。
そして、頂上に立った人だけが知る景色があります。
しかし、その景色も、
決して一人の力だけで見ることができたわけではありません。
登山道を整備してくださる方がいます。
山を守る方がいます。仲間の励ましがあります。
多くの支えがあって、初めてその場所へたどり着けるのです。
人生もまた、同じではないでしょうか。
「自分一人でここまで来た。」
そう思っていた道も、振り返れば、
たくさんの人に支えられて歩んできた道だったことに気づきます。
だからこそ、「山の日」は、山へ登る人だけの祝日ではありません。
自然への感謝を思い出す日。
支えてくださる人への感謝を思い出す日。
そして、
自分自身の人生を静かに振り返る日なのです。
山の日とは、山に感謝する日であるとともに、
「今ある幸せに気づく日」
でもあるのではないでしょうか。