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社長&顧問ブログ

2022.9.19

妖怪田中隆吉

高光産業株式会社 妹尾八郎です

 

昨日からの続きです。

 

昨日までは 靖国神社の話から そこに祀られている軍人の話

そして 後に祀られることになった A級戦犯の話になりました。

 

極東軍事裁判では 7人のA級戦犯が処刑されることになるのですが、

 

彼らを処刑に追いやるために 偽の証言をしたと言われる人物がいたと言う話でした。

 

そして その偽の証言の為に 開戦当時陸軍省軍務局長であった 武藤章中将は処刑されてしまうのですが 武藤はその人物へ恨みを残して死んだと言われ

その後 その人物は 亡くなるまで武藤の亡霊を見たと言っていました。

 

武藤章は 開戦当時 米国とは戦争をすべきではないと何度も進言していましたが

世間や軍部からは 弱腰と言われていたくらい 戦争に反対していました。

当時の米国は 平和的解決を望んでおらず 日本が我慢しきれずに戦争に突入するように

仕掛けていた感じがします。

 

この辺りは 当時の研究者の意見を参考にするしかありませんね。

 

で 今日は この 偽の証言を繰り返したと言われた人物の話です。

 

極東軍事裁判において 怪物もしくは妖怪とまで言われた人物の名は

田中隆吉 と言う人です。

 

詳細は 又機会をみて書きますが

A級戦犯の多くは 彼を恨んでいたのには間違いありません。

 

田中の証言が証拠として採用されて 死刑判決が出てしまったのですから。

 

これだけを見ますと 自分が助かりたい一心で 検事団と裏取引を行い

自分が助かる為に 嘘の証言を繰り返し 武藤章を始めとする戦犯が処刑される羽目に

なったと 言われても仕方がないかと思います。

 

しかし 別な意見もあるようで

田中は 当時連合国側が 天皇陛下の戦争責任を説いていたのですが

それを救うためには 軍人達を悪者にするしかないと考え そのような偽の証言を

繰り返したとも言われています。

 

戦争が終了した事で

自分が証言することで 陸軍の膿を洗い出し 新しい国づくりに貢献したいと

考えていたのかもしれませんが

 

当時の多くの意見としては 自分の命惜しさの為に 偽の証言をしたと言われているようです。

 

しかし 亡くなるまで そのような汚名を着せられてしまうのも 可哀そうだとも思ってしまいますね、、、

 

彼は 何度か 自殺を試みます

その時に残した遺書には

 

「日本の軍閥の一員として大東亜戦争中に死すべき身を今日迄生き長らへたるは小生の素志に反し、何とも申し訳なし。

既往を顧みれば我も亦確かに有力なる戦犯の一人なり。

特にに北支、満州においてしかり。

免れて晏如たること能はず。」

 

と書かれてありました。

 

「日本のユダ」、「人面獣心」と蔑まれた田中も、

最期は戦争の責任の一端を感じていた事が伺えます。

また、晩年は精神を病み、うつ状態でした。

 

戦勝国による報復劇に過ぎなかった東京裁判において、

田中は戦勝国側に寝返り、旧帝国軍人で唯一検察側の証人を務め、

訴追された旧陸軍首脳に不利な証言を並べまくりました。

 

先ほども書きましたが田中が検事に協力した動機については、

天皇が訴追されることを回避するためで、

あえて少数の者に重大な責任を負わせたとする説が一部にみられます。

しかし、異民族による裁きを正当化するために同胞を売り渡した事実は明らかです。

 

明日は

この戦争裁判自体が意味をなさないと唱えた

当時の判事がいたのです。

 

何故この判事は 戦勝国側の人間であったのにも関わらず

裁判自体の無意味さを説いたのか????

 

それは?????

 

明日に続く、、、、。

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/