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社長&顧問ブログ

2021.1.10

幣振り坂??

高光産業株式会社 妹尾八郎です

 

昨日からの続きと行きたいところですが

 

今日は長崎ネタとなります

が これも神社ネタに続く話です

 

私が以前長崎に住んでいたことは このブログでも書かせて頂きました

何故長崎に居たかと言うと

大学を出て就職して最初の赴任地が長崎だったからです

 

それまでの 長崎は小学校で修学旅行でしか行ったことが無かったのですが

住んでみますと 色々興味深い事があったのです

 

長崎と言えば出島もあり 鎖国時代は唯一開かれた港でしたから

歴史情緒あふれる街です。

 

いろいろ見どころあるのですが

その一つに 寺町と言うエリアがあります。

この一帯は京都風情を思わせる街並みで私の好きなスポットでもあります。

 

この寺町にある 大音寺と皓台寺の間に 細い坂道があるのですが

地元の人がこの坂道の事を へいふり坂と呼んでいるのを耳にしたのです

へいふり坂って妙な名前だなと思い 長崎在住の人間に聞いてみたのですが

あまり知らないらしく それこそ 屁をふりながら歩いてたのでは と

何とも妙な回答をしたのですが

 

よくよく調べてみますと

このへいふり坂は 幣振り坂と書くのだという事が分かったのです

歴史を紐解きますと

寛永15年(1638)、当時諏訪神社は現在の諏訪町(寺町周辺)にあったそうなのですが

その諏訪神社の大鳥居を造るため石材を風頭山から切り出し運んだのです。

途中、あまりに石が大きくて人々が思いあぐねている時に、

一人の宰領が突然石の上に乗り御幣を振って男衆を励まし、

何とか石材を麓へ下ろす事ができたそうなのですが、

この坂の名前の由来は、そのときの光景から来て

「幣振り坂」と名付けられたそうです

ちなみに筑後町、東本願寺横の坂も同じ意味でヘイフリ坂と呼ばれているそうですが

弊を振ることで 神様に対して力を貸してくださいとの願いを込めていたのでしょうね

その結果 立派な大鳥居を造ることができたのですから。

 

何気なく呼んでいる馴染の坂にも こんな意味があるのだという事を

地元でも知らない人が居るのです。

 

この弊は 我々は神社参拝した時に 神職が清める時に使っているのを

目にしますね

 

でも 何故弊を振るのかなと ふと興味が湧いたのです

 

これは 古墳時代から神々に対して

貴重な品々、「幣帛」を捧げてきた事が起源のようです。

幣帛とは 奈良時代後半から平安時代前期にかけて、幣帛は特に貴重な布類を

使っていたようなのですが

時代が経つにつれ、「幣帛」に、「布」に代わって「紙」を用いるようになりだし、

「紙」もまた、当時の貴重な品でこの際も「木綿・麻」を垂らしていたが、その代わりに、細長く折り下げた紙を両側に垂らす形式も見られるようにもなったようです。

 

この弊を何故神職がお祈りの時に振るのかは 諸説あるようですが

結局のところ 幣を振ることで穢れを取るという事のようです。

 

それから 考えますと 長崎の幣振り坂で 大きな石を運ぶために

親方が元気だせと幣を振ったようですが 別に手ぬぐいでも良かったのでしょうが

日頃の習慣で 幣を振られることで神様に力を捧げたいという思いになったのでしょうね

 

この幣振り坂がある大音寺で ある興味深いものを見つけたのです

 

それは

 

明日に続く、、。

 

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