EXECUTIVE BLOG
2021.8.14
高光産業株式会社 妹尾八郎です
昨日からの続きです。
昨日までは
ご聖断により 戦争終結が決定されたのですが
これを 国民にどのような手段で伝えるか? の話から
閣議で決定したのにも関わらず 一部将校は これを良しとせず
あくまでも徹底抗戦の道を探していたと言う話でした。
もう 玉音放送まで 24時間を切った 八月十四日の午後
陸軍省の軍事課員井田中佐は
神州不滅を信じる大和民族が命より尊しとしたのが我が国体ではなかったのか?
其の麗しの国体の歴史が降伏によって断ち切られてしまうのが 単にご聖断が下ったから
承詔必謹と言う美名に隠れて従う事は政府軍部中央部は卑劣だと感じていたのでした。
しかし この時には 陸軍の方針として一糸乱れぬ行動をとる事が軍内には申し合わされていました。
しかし 一方では昨日書いたように 畑中少佐は 国体の精華とは何かに取り組んでいて
軍人精神が沁み込んでいた彼には 降伏と言う二文字はなく 全滅か勝利かしか頭に無かったのです。
彼は 陛下を奉じて戦えばたとえ全滅してもそれは敗北ではないと信じていたのです。
彼は この考えを近衛師団の石原少佐 古賀少佐にも伝えたのです。
そして 彼らは 論じるだけでは無意味であるとの考えに達し 大義の為に死す覚悟を決めたのでした。
それから 畑中少佐は 先ず東部軍を動かそうと思い 軍司令官のところへ説得に行くのですが 田中陸軍大将から 一喝して追い返されてしまったのです。
東部軍としても これ以上国民を苦しませるわけにはいかないと考えていたのでした。
それでも諦めない畑中少佐は 一年先輩の先に書いた井田中佐のもとに行き
逆賊の汚名を受けてでも軍人としての最後の実行の道をたどりたいと説得するのでした。
この時までは 井田中佐は将校は全員自決の道を選ぼうと考えていたのですが
畑中少佐の純粋さに打たれ、近衛師団に今一度説得に行くことにしたのでした。
そして 終戦前日最後の宮城警備に 近衛師団歩兵第二連隊 連隊長の芳賀大佐指揮の下
乾門より皇居内に入って行くのでした。
この芳賀連隊長はこの時 皇居内で大事件が起きることなど この時は 思いもしなかったのです。
このような動きがある中で
閣議では 終戦の詔の文案の協議に入っていくのでした。
閣議での焦点は
詔書案の字句の検討だったのです。
ここで 海軍と陸軍が 字句の書き方で反論することになり
全く 協議が進まなくなってしまったのです。
議論の焦点は 詔書案の中にある
「戦勢日に非にしてして」 というセンテンスをめぐっての攻防でした。
阿南陸軍大臣は これでは今までの軍部発表が嘘になってしまう
戦争には負けたのではなく好転しなかっただけの話であると
それゆえ その文言は
「戦局好転せず」に訂正すべきだ!と述べ
この問答により一向に会議が進まない状態に陥ってしまったのです。
他の閣僚たちは 何故 阿南陸軍大臣が 完全に負け戦であるにも関わらず
この言葉に固執してるか理解できなかったのですが
阿南大臣は 今現在必死で戦っている部隊が 明日には その武器を敵に差し出さなければならない
戦勢日に非にして では 彼らの犠牲と努力を無駄にしてしまうと考え
戦局好転せずであれば やむなく終戦と決めたと考えられるとして
頑としてこの言葉に固執したのでした。
ここで閣議が止まってしまえば 終戦の手続きが出来ない事になってしまうのです。
そして これを納得せずとして 陸軍大臣が辞表でも提出しようものならば
10日間にわたって ご聖断まで仰ぎ終戦にすることに漕ぎつけた努力がすべて無になってしまうのです。
しかし 首相は絶対に 阿南大臣は辞表を出さないものと信じて この長引く会議をじっと耐えて待っていたのです
この会議の決定はどうなるのか?
敗戦を絶対に受け入れられない 一部将校たちは この後
どのような行動にでるのか???
それは
明日に続く、、、。