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社長&顧問ブログ

2026.10.22

昔の人々は、なぜ暗闇に灯りをともしたのか

高光産業株式会社

妹尾八郎です

 

夜になれば、当たり前のように明かりをつける。

私たちは、そんな生活をしています。

 

部屋のスイッチを押せば、たちまち明るくなり、

街に出れば、夜遅くまでお店の看板や街灯が輝いています。

 

ところが、ふと考えてみると、

今の私たちは、本当の暗闇というものを、

ほとんど知らないのではないでしょうか。

 

昨日の、

天国にも地獄にも行けなかった男、ジャックの物語。

彼が最後に悪魔に求めたものは、

暗い道を歩くための小さな灯りでした。

 

その話が妙に心に残り、

昔の人々がどのように夜を過ごしていたのか、

少し調べてみることにしました。

 

すると、思いがけないことが分かりました。

 

昔のヨーロッパでは、灯りをともすこと自体が、

決して気軽にできることではなかったのです。

 

今から二百年ほど前のイギリスでも、

一般の家庭では、

ろうそくや油を使ったランプなどが明かりとして使われていました。

 

しかし、ろうそくは貴重なものでした。

特に蜜蝋から作った良質なろうそくは高価で、

誰もが自由に使えるものではありませんでした。

 

そこで、庶民の間では、

動物の脂から作ったろうそくや、

イグサの芯に脂を染み込ませた「ラッシュライト」

と呼ばれる簡素な灯りも使われていたそうです。

 

驚いたことに、このラッシュライトは、

一本で二十分ほどしか燃えないものもあったといいます。

 

たった二十分です。

今なら、テレビ番組を一つ見終わることもできない時間ですね。

 

しかし、当時の人々にとっては、

そのわずかな灯りさえ大切なものだったのです。

 

日が暮れる前に、できるだけ仕事を終わらせる。

暗くなれば、火のそばに集まって食事をする。

必要のない灯りは使わず、明るいうちにできることを済ませておく。

 

そんな暮らしが、長く続いていました。

 

私は、その時代の秋の夜を想像してみました。

外には冷たい風が吹いています。

家の中では、小さな炎がゆらゆらと揺れています。

そのそばで、母親が衣服を繕い、父親が道具の手入れをしている。

子どもたちは、年長者の語る昔話に耳を傾けている。

 

もちろん、これは私の想像ですが、

家族が一つの灯りを囲んで過ごした夜は、

きっと数えきれないほどあったことでしょう。

 

今のように、

一人一人が別々の部屋で、好きなことをする時代ではありません。

 

一つの灯りを分け合うことで、自然と人々が集まる。

そこには、不便な暮らしの中だからこそ生まれた、

人と人との距離の近さがあったのかもしれません。

 

そして、もう一つ興味深いことがありました。

 

昔のアイルランドでは、

ハロウィンの夜、窓辺にろうそくを置く習慣があったそうです。

 

また、カブをくり抜き、

中に灯りをともした怖い顔のランタンを作って、

人々を驚かせる風習もありました。

 

当時の人々にとって、

暗闇は単に明かりがないというだけのものではありませんでした。

 

夜道には思わぬ危険があり、

得体の知れないものが潜んでいるとも信じられていました。

 

だからこそ、小さな炎には、

実際に道を照らす役割と、

人間の不安な心に働きかける役割の両方があったのでしょう。

 

私は、この話を知って、一つの光景を思い浮かべました。

 

暗い夜道を、家に向かって歩く人。

周りは真っ暗で、道もよく見えません。

けれど、

遠くに自分の家の窓から漏れる明かりが見えたとしたら、

どうでしょう。

 

「ああ、もう少しで帰れる」

きっと、そう思うのではないでしょうか。

 

家に明かりがともっている。

そこには、

自分の帰りを待っている人がいるかもしれません。

 

同じ小さな炎でも、

その人にとっては、どれほど心強いものだったことでしょう。

 

考えてみれば、

灯りというものは、ただ周りを明るくするだけではないようです。

暗い道を照らすこともあれば、人の心を安心させることもある。

そして時には、

誰かが待っていてくれることを知らせる合図にもなるのでしょう。

 

私は、ここに少し不思議なものを感じました。

今の私たちは、

昔の人々とは比べものにならないほど明るい世界で暮らしています。

 

夜でも仕事ができ、買い物ができ、

遠く離れた人と話すこともできます。

本当に便利な世の中になりました。

 

けれど、これほど明るくなったからといって、

人間の心から不安や寂しさがなくなったわけではありません。

 

どれほど街が明るくても、心細い夜はあるものです。

 

そんなとき、誰かの何気ない一言に救われたり、

思いがけない親切に心が温かくなったりすることがあります。

 

昔の人々が大切にしていた小さな灯りも、

もしかすると、そうした存在だったのかもしれません。

 

暗闇をすべて消し去ることはできなくても、

自分の足元と、そばにいる人の顔を照らすことはできる。

小さな炎には、それだけの力があったのでしょう。

 

そして私は、もう一つ考えました。

今では簡単に手に入るものほど、

そのありがたさを忘れやすいのかもしれません。

 

明かりも、水も、食べ物も。

 

普段、何の不自由もなく使っているものが、

どれほど多くの人々の知恵や努力によって、

今の姿になったのでしょうか。

 

昔の人々が工夫を重ね、

少しずつ便利なものを生み出してきたからこそ、

私たちは今、このような暮らしができているのです。

 

そう思うと、

何気なく押している電気のスイッチ一つにも、

長い人間の歴史が詰まっているように感じられます。

 

ここで話をハロウィンに戻します、、、、。

 

昨日のジャックの物語に登場した灯り。

そして、

昔のアイルランドで人々が作っていた怖い顔のランタン。

 

実は、そのランタンの材料は、

現在のようなオレンジ色のかぼちゃではありませんでした。

 

使われていたのは、カブだったのです。

 

ところが、アイルランドから海を渡った人々によって、

その材料は大きく変わることになります。

 

なぜ、カブがかぼちゃに変わったのでしょうか??。

そして、そのちょっとした変化が、

どうして世界中に広がるハロウィンの象徴になったのでしょう?????。

 

昔の人々が生み出した小さな工夫が、

海を越え、時代を越えて、思いがけない文化へと育っていく。

 

明日は、その不思議な物語へ

続く、、、。。

高光産業株式会社 公式サイト

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