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社長&顧問ブログ

2026.10.23

最初は、かぼちゃではなかった

高光産業株式会社

妹尾八郎です

 

ハロウィンといえば、

オレンジ色のかぼちゃ。三角形の目に、大きく開いた口。

 

今では世界中の人々が、

この顔を見ただけでハロウィンを思い浮かべるでしょう。

 

ところが、調べてみると、何とも意外なことが分かりました。

 

実は、昔のアイルランドでは、

かぼちゃではなく、カブを使っていたのです。

 

しかも、

私たちが知っている、あの愛嬌のあるかぼちゃとは違い、

何とも恐ろしい顔をしていました。

 

アイルランド国立博物館には、

「ゴースト・ターニップ」と呼ばれる、

昔のカブのランタンを再現した資料が残されています。

 

目は鋭く、口は大きく裂け、

まるで暗闇から何かが現れたような不気味な顔です。

 

1900年頃、アイルランド北西部のドニゴール県では、

こうしたランタンが作られていたそうです。

 

1943年、地元の学校教師が、

その習慣を伝えるカブのランタンを博物館に寄贈しました。

 

現在残されているのは、

その姿を伝えるために作られた石膏の模型ですが、

当時の人々がどのようなものを作っていたのかを知る、

貴重な資料となっています。

 

私は、その写真を見て思いました。

なぜ、

わざわざこんなに怖い顔を作ったのだろう。

 

実は、そこには、

悪い霊を追い払ったり、

夜道で人を驚かせたりする意味があったといいます。

今では子どもたちが喜ぶハロウィンの飾りも、

昔は随分違った姿をしていたのですね。

 

ところが、ここからが面白いのです。

 

アイルランドで使われていたカブは、

やがて海を渡り、

アメリカでかぼちゃへと姿を変えることになります。

 

その背景には、故郷を離れた人々の歴史がありました。

 

19世紀半ば、アイルランドでは、

ジャガイモの病害によって深刻な飢饉が発生しました。

 

当時、

ジャガイモは多くの庶民にとって、生活を支える大切な食料でした。

 

その収穫が大きな被害を受け、

飢えや病気によって多くの人々が命を落としたのです。

そして、

生きる道を求めて、数多くの人々が故郷を離れました。

 

その行き先の一つが、アメリカでした。

 

当時の船旅は、

今とは比較にならないほど過酷なものだったそうです。

船に乗れば、

必ず無事に目的地へ着けるという保証もありません。

 

それでも人々は、

新しい生活を求めて、大西洋を渡っていきました。

 

私は、そんな船に乗っていた人々の姿を想像してみました。

生まれ育った村を離れ、見慣れた景色が遠ざかっていく。

もう二度と故郷へ戻れないかもしれない。

 

そんな思いを抱きながら、

船の甲板から遠ざかる陸地を見つめていた人もいたことでしょう。

 

そして、ようやくたどり着いたアメリカ。

そこには、故郷とは違う風景が広がっていました。

 

言葉も、習慣も、食べ物も違います。

 

しかし、人々は新しい土地で暮らし始めても、

故郷で親しんできた行事まで忘れてしまったわけではありませんでした。

 

秋が深まる頃になると、

かつて故郷で楽しんでいたハロウィンの習慣を思い出したのでしょう。

 

ところが、そこには一つ、ちょっとした違いがありました。

 

アメリカでは、アイルランドで使っていたカブよりも、

ずっと大きなかぼちゃが身近にあったのです。

しかも、

かぼちゃは中をくり抜きやすく、大きな顔を彫ることもできます。

 

そこで、

カブの代わりにかぼちゃを使うようになったと伝えられています。

 

これは、何とも合理的な発想ですね。

 

昔からの習慣をそのまま守るのではなく、

その土地にあるものを使って、

もっと作りやすいものへと変えてしまったのです。

 

そして、そのかぼちゃのランタンが、

次第にアメリカのハロウィンの象徴となり、

やがて世界中へ広まっていきました。

 

私は、この話を知って、思わず感心しました。

 

今ではハロウィンに欠かせないかぼちゃですが、

最初から決められていたものではなかったのです。

そこにある材料を使い、少し工夫したことが、

新しい文化を生み出すきっかけになったわけです。

 

しかし、

私がそれ以上に心を動かされたのは、

故郷を離れた人々が、

昔からの習慣を大切にしていたことでした。

 

人間は、新しい環境に身を置くと、

さまざまなものを変えていかなければなりません。

 

暮らす場所も、仕事も、日々の生活も。

それまで当たり前だったことが、

当たり前ではなくなることもあります。

 

それでも、

どうしても忘れたくないものがあるのでしょう。

 

子どもの頃に聞いた歌。家族で囲んだ食卓。

故郷の祭りや、季節の移り変わりを知らせてくれた風景。

 

そうしたものは、

遠く離れた土地に暮らすようになっても、

心の中に残り続けるものなのかもしれません。

 

アメリカへ渡った人々にとって、

ハロウィンもまた、

そんな故郷の記憶の一つだったのではないでしょうか。

 

 

大切なものを守るということは、

必ずしも昔と同じ形を守り続けることではないのかもしれません。

時には形を変えながら、

その中にある思いを次の世代へ伝えていく。

 

カブがかぼちゃに変わっても、

秋の夜に灯りをともして楽しむという習慣は残りました。

 

そして、

海を渡った人々の子どもや孫たちが、

その文化をさらに育てていったのです。

 

考えてみれば、

私たちが昔から受け継いできた日本の文化も、

長い年月の中で少しずつ姿を変えてきたものが少なくありません。

 

時代に合わせて変えるところは変えながら、

大切なものは次の世代へ伝えていく。

 

それは、決して昔を捨てるということではないのでしょう。

むしろ、

新しい時代の中で生き続けるための、昔の人々の知恵だったのかもしれません。

 

そう考えると、あのオレンジ色のかぼちゃが、少し違って見えてきます。

 

単なるお祭りの飾りではなく、

遠い故郷を離れた人々の思いと、

新しい土地で生まれた工夫が、一つになったものだったのです。

 

海を渡ったのは、カブそのものではなく、

その灯りに親しんできた人々の記憶だったのでしょう。

 

そして、その記憶が新しい土地で形を変え、

今では遠く離れた日本の店先にまで並んでいる。

 

何とも不思議な話ではありませんか。

 

ところで、今回の話を調べているうちに、

私はまた別の疑問を持ちました。

 

そもそも、

かぼちゃという野菜は、どこで生まれたのでしょう???。

 

日本でも当たり前のように食べられているかぼちゃですが、

実は日本が原産地ではありません。

しかも、その名前の由来を調べていくと、

思いがけない国の名前が登場するのです。

 

私たちが何気なく口にしているかぼちゃにも、

海を越えた長い歴史が隠されていました。

 

明日の番外編として

今度は「かぼちゃ」という野菜そのものの歴史の話しに続く、、、、。

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