EXECUTIVE BLOG

社長&顧問ブログ

2026.7.24

番外編の番外偏

高光産業株式会社

 

妹尾八郎です。

 

昨日は、新田神社の大楠と、

歌人・与謝野鉄幹が詠んだ一首の話しでした。

 

可愛(え)の山の

樟(くす)の大樹(たいじゅ)の

幹半ば

うつろとなれど

広き蔭かな

 

幹の半ばが空洞になっても、

なお大きく枝を広げ、多くの人に木陰を与え続ける大楠。

 

私は、この歌を読むたびに胸が熱くなります。

そして、

この大楠のお話を書いている時、ふと一つのことを思い出しました。

 

鹿児島には「樟南高校」という学校があります。

「樟南」という名前を聞いて、

「樟(くす)」とは何だろうと考えてみました。

 

学校が公表している説明によれば、

「樟南」の「樟」は、

鹿児島県の県木、市の木でもある樟(くすのき)に由来し、

一年中青々と葉を茂らせる生命力と、

学校の発展への願いを込めて名付けられたそうです。

 

その由来を知った時、私は思いました。

「ああ、鹿児島の人々は、木の姿そのものを教育の理想に重ねてきたのだ。」

と。

 

樟は、

春だけ美しい木ではありません。

夏には大きな木陰をつくります。

秋には実をつけ、小鳥たちを育みます。

冬になっても緑を失わず、静かに次の春を待ち続けます。

そして何百年もの歳月を生き、人々を見守り続けます。

 

だからこそ、その名前が学校に付けられたのでしょう。

学校とは、

子どもたちが知識だけではなく、人として成長する場所です。

 

大きく枝を広げるように夢を育て、

深く根を張るように人格を育て、

やがて社会へ出て、多くの人の役に立つ。

 

まさに一本の樟の木のような人になってほしいという願いが、

その校名には込められているように感じます。

 

私は思うのです。

 

本当に立派な人とは、どれだけ高い地位に就いた人でも、

どれだけ多くのお金を持った人でもありません。

 

どれだけ多くの人に「木陰」を与えられた人か。

疲れた人を励まし、悩む人に寄り添い、後輩を育て、地域を支える。

 

そんな生き方こそ、本当に大きな樹木のような人生ではないでしょうか。

 

新田神社の大楠は、何百年もの間、人々を見守り続けてきました。

与謝野鉄幹は、その姿に人生の本質を見ました。

そして時代が変わり、

その「樟」の名は学校へと受け継がれ、

未来を担う若者たちを育てる象徴となりました。

 

一本の木が、神社で人々の祈りを受け止め、

一本の木が、学校で子どもたちの夢を支え、

一本の木が、地域の誇りとなって生き続けているのです。

 

考えてみると、日本には、

木を「資材」として見るだけではなく、

「人生の先生」として見つめてきた文化があります。

 

木は何も語りません。

 

それでも、その姿は私たちに教えてくれます。

焦らなくてもいい。人と競わなくてもいい。

 

しっかりと根を張り、一歩ずつ成長し、

やがて誰かの木陰になれば、それでいい。

 

与謝野鉄幹の歌は、百年以上の時を越えた今も、

私たちに優しく語りかけています。

 

人は年を重ねると、心にも体にも、さまざまな傷を負います。

しかし、その傷は決して人生の終わりではありません。

 

むしろ、その傷があるからこそ、

人の痛みが分かり、人を思いやり、人を支えることができるようになるのです。

 

もし人生の終わりに、

「あなたのおかげで助かりました。」

「あなたのおかげで勇気が出ました。」

そう言ってくれる人が一人でもいたなら、

それは一本の大樟のように、美しい人生だったと言えるのではないでしょうか。

 

私も、そんな「人に木陰を与えられる人」を目指して、

一日一日を大切に歩んでいきたいと思います。

 

明日は 神社のアノ話に続く、、、。

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/

次の記事へ
前の記事へ