EXECUTIVE BLOG
2022.9.8
高光産業株式会社 妹尾八郎です
昨日からの続きです。
昨日までは 崇徳天皇が怨霊から 神として祀られる話から
硫黄島での感動の話になりました
今日からはその感動の話になります。
その前に 怨霊とまで言われた 菅原道真や平将門 そして 崇徳天皇は
最後は神として祀られましたが
一般人も神として祀られることがあるのです。
それが 明治維新後建立された靖国神社で神として祀られるのです。
太平洋戦争で亡くなった軍人たちは 靖国神社に英霊として祀らているのです。
以前 社頭の対面 と言う言葉を耳にした事があったので
何だろうと思った事があったのです。
それは 戦時中 妻や幼い子供たちを残して 戦地に赴き そこで 戦死された
方が居るのですが
父親を亡くした 子供たちは お父さんが居なくても寂しくない
何故なら 靖国神社に行けば いつでも お父さんとあえるのだから
と健気に語っている話を聞いた事があったのです。
戦死した後は 皆 神として靖国神社に帰ってくるのだから そこで会えると言う悲話です。
又 軍人同士も突撃前には 「靖国で会おう」 と言う言葉を残して 激戦地で
戦っていたのです。
それで 戦死した軍人の家族が 靖国神社に行く事で
戦死した兄や父と話す事が出来ると信じていたのです。
これを 中村メイコが 昔歌っているのを見つけました
その歌が
https://www.youtube.com/watch?v=UnvBuGFPLBU
です。
中村メイコが子供の頃歌っている歌です。
これも 普通に考えれば 靖国に行ったところで 話せるわけがないと
現代人は思うでしょうが
戦時中は そんな事すら口にするわけには行かなかったのです
戦争を反対する人間は 国賊とまで言われていたのです。
で
この靖国神社って 一体だれが建立したのか???を
知らない方も多いかと思います
これらの話は
またまた
明日に続く、、、、