
EXECUTIVE BLOG
2026.8.14
高光産業株式会社
妹尾八郎です
昨日は、お盆の入りのお話をしました。
夕暮れに灯す「迎え火」には、
「今年もお待ちしていました。どうぞ、お帰りなさい。」
という、先人たちの温かな心が込められていました。
そして今日は、お盆の中日です。
昨日お迎えし、明日は送り火でお見送りします。
その間にある今日という日は、急いで何かをする日ではなく、
懐かしい人と、心の中でゆっくり過ごす日
なのかもしれません。
お盆になると、不思議と昔のことを思い出します。
子どもの頃、
祖父母の家へ遊びに行ったこと。みんなで囲んだ食卓。
縁側で食べたスイカ。夏の夕暮れに聞いた蝉の声。
「元気にしとるか。」「たくさん食べなさい。」「気をつけて帰りなさい。」
そんな何気ない言葉まで、年月を重ねるほど懐かしくなりますね。
当時は、それが特別な時間だとは思いませんでした。
また会える。また話せる。来年も同じ夏が来る。
そう思っていました。
けれど、
人生にはいつか「最後」が訪れます。
最後に一緒に食べた食事。最後に交わした言葉。最後に見送ってもらった後ろ姿。
その時には、それが最後だとは分かりません。
だから後になって気づくのです。
何でもない一日こそ、本当はかけがえのない一日だったのだと。
私は、お盆という時間には、
そのことを思い出させてくれる意味もあるように思います。
亡くなった人の姿を見ることはできません。
声を聞くこともできません。
けれども、
その人からいただいたものまで、なくなってしまうのでしょうか。
私は、そうではないと思います。
父から教えられたこと。母から受けた優しさ。
祖父から聞いた話。祖母が作ってくれた料理。
そうしたものは、今も私たちの中に残っています。
自分では気づかないところにまで、残っています。
例えば、自分が
「人には親切にしなさい。」と言ったとします。
その言葉は、
もしかすると昔、自分が父や母から言われた言葉かもしれません。
誰かが困っている時に自然と手を差し伸べる。
それも、かつて誰かから受けた優しさが、
自分の中に残っているからかもしれません。
そう考えると、人の命には不思議なものがあります。
一人の人生が終わっても、
その人が残した「心」は、次の人の中で生き続けるのです。
そして、その人から受けた優しさを、今度は私たちが誰かへ渡していく。
またその人が、次の誰かへ渡していく。
そうやって目には見えない「心のバトン」が、
何代にもわたって受け継がれてきたのでしょう。
だから私たちは、
決して自分一人の力だけで今ここに立っているのではありません。
名前も知らない遠い先祖から、祖父母へ。
祖父母から父母へ。父母から自分へ。
そして、自分から子や孫、その次の世代へ。
長い長い命のつながりの途中に、今の私たちがいるのです。
そう思うと、
「自分の人生を大切に生きること」
の意味も少し変わってきます。
自分だけの人生ではないのです。
多くの人から命を受け継ぎ、愛情を受け、支えられて今日まで歩いてきた人生です。
だからこそ、今日という一日を粗末にはできません。
そして、お盆だからといって、
特別なことをしなければならないわけでもないと思います。
懐かしい人の写真を見る。好きだった料理を食卓に並べる。
家族で昔話をする。
「あの人は、こんな人だったね。」「あんなことがあったね。」
そう言って笑う。
それで十分なのではないでしょうか。
人は二度いなくなる、という言葉があります。
一度目は、命を終えた時。
そして二度目は、
誰からも思い出されなくなった時だ、と。
だからこそ、
思い出すということには、とても大きな意味があります。
懐かしい人の名前を口にする。
その人の話を子や孫に伝える。
いただいた優しさを忘れない。
それは、
今を生きている私たちにできる、とても静かな恩返しなのかもしれません。
そして、もう一つ大切なことがあります。
ご先祖や亡くなった大切な人が、
もし今の私たちを見ることができるとしたら、何を願われるでしょうか。
立派なことを成し遂げてほしい。大金持ちになってほしい。有名になってほしい。
それよりも、
「元気でいてくれたら、それでいい。」
「家族仲良く暮らしてくれたら、それが一番うれしい。」
そう思ってくださるのではないでしょうか。
だから、お盆の一番の供養は、悲しみ続けることではなく、
今を生きている私たちが、毎日を大切に生きること
なのかもしれません。
笑うこと。働くこと。人を大切にすること。
そして、
「今日もありがたい一日だった」と思えるような一日を積み重ねること。
それこそが、
命をつないでくださった方々への何よりの恩返しではないでしょうか。
今日は、お盆の中日です。
どうぞ少しだけ時間をつくって、懐かしい人を思い出してみてください。
心の中で、
「ありがとう。」
と語りかけてみてください。
返事は聞こえないかもしれません。
けれど、その人からいただいた優しさや教えは、
今も自分の心の中に生きています。
そして明日は、
送り火の日。
「さようなら」ではなく、
「今年も帰ってきてくれて、ありがとう。また来年。」
そんな感謝の心でお見送りしたいものです。
人は姿が見えなくなっても、
その人からいただいた心まで消えることはありません。
私たちが感謝を忘れず、その心を次の人へ渡していく限り、
大切な人は、これからも私たちの中で生き続けているのです。