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社長&顧問ブログ

2026.7.26

絵馬

高光産業株式会社

 

妹尾八郎です。

 

昨日は、「神社には、なぜ馬がいるのでしょうか」

という話でした、、、。

 

昔の人々は、馬を神様の乗り物として大切に考え、

願いを届ける神聖な存在として敬っていました。

 

そして、

本物の馬を奉納できない人々の真心から生まれたのが、

「絵馬」の始まりでした。

 

さて、神社へ行くと、多くの方が木の板に願い事を書いて奉納されています。

 

受験合格。家内安全。健康長寿。商売繁盛。恋愛成就。

色とりどりの願いが、境内いっぱいに掛けられている光景は、

日本ならではの美しい風景です。

 

では、

なぜ私たちは絵馬に願いを書くのでしょうか。

神様にお願いを届けるためでしょうか。

 

もちろん、それも一つの意味でしょう。

 

しかし私は、それだけではないように思います。

 

絵馬に願いを書くということは、

「こう生きたい。」

という自分の決意を言葉にすることなのではないでしょうか。

 

人は、心の中で思っているだけでは、なかなか行動に移せません。

「健康になりたい。」「もっと勉強しよう。」「人に優しくなろう。」

そう思っていても、

忙しい毎日の中で、いつの間にか忘れてしまいます。

 

しかし、

願いを書いて文字にすると、不思議と心が引き締まります。

それは神様だけではなく、自分自身にも誓っているからです。

 

考えてみれば、人生は小さな約束の積み重ねです。

朝、少し早く起きよう。

今日は笑顔で挨拶をしよう。

人の話を最後まで聞こう。

感謝の言葉を忘れないようにしよう。

そんな小さな約束が、

やがて人生を大きく変えていくのだと思います。

 

絵馬は、その第一歩なのです。

願いを書くことは、未来を信じることでもあります。

 

「きっとできる。」「必ず乗り越えられる。」

そう信じる心があるから、人は努力を続けることができるのだと思います。

 

私は、神社で古い絵馬を見るたびに、そこに書いた人のことを想像します。

 

受験を控えた学生さん。

病気の家族を案じる人。

新しい仕事に挑戦する人。

子どもの成長を願う親。

 

その一枚一枚には、その人だけの人生があり、

その時の精一杯の思いが込められていたのでしょう。

願いがかなった人もいれば、思うようにならなかった人もいたかもしれません。

 

しかし、

どの願いにも共通していることがあります。

それは、「より良い人生を歩みたい」という真心です。

 

だから絵馬は、何百年もの間、大切に受け継がれてきたのでしょう。

 

私は、願いがかなう人には、一つの共通点があるように思います。

それは、願いを書いたあとに、一歩を踏み出した人です。

 

受験に合格したいなら勉強をする。

健康を願うなら体を大切にする。

商売繁盛を願うなら、お客様に喜んでいただける努力を続ける。

 

願いは、行動によって育っていくものです。

 

神様は、ただ願いをかなえてくださる存在ではなく、

努力する人の背中を、そっと押してくださる存在なのかもしれません。

 

だから絵馬を書くことは、

「どうかお願いします。」

だけではなく、

 

「私は、この願いに向かって精一杯努力します。」

という決意を神様にお伝えすることでもあるのでしょう。

 

そしてもう一つ、大切なことがあります。

 

願いがかなった時、神社へお礼に行かれていますか???。

昔の人は、「お願い」と同じくらい「お礼」を大切にしていました。

 

感謝の心があるからこそ、次の一歩を踏み出す力が生まれるのです。

 

絵馬を見ていると、そこには人々の夢があります。

希望があります。

そして、

「明日を信じる心」があります。

 

それは木の板ではありません。

一枚一枚が、未来へ向かう人々の物語なのです。

 

次に神社で絵馬を書く機会がありましたら、

ぜひ願い事だけではなく、その願いをかなえるために、

「今日から自分は何を始めるか。」

も心の中で誓ってみてください。

 

きっと、その一枚の絵馬は、

神様へのお願いであると同時に、

未来の自分への力強い約束になることでしょう。

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/

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