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社長&顧問ブログ

2026.9.30

番外編の番外編

高光産業株式会社

妹尾八郎です

 

今日は番外編の番外編で

なぜ三重塔・五重塔はあるのに六重塔はないのか???

塔は、いったい何重まであるのだろう????

の話に進みます、、、、。

 

谷中の五重塔について調べているうちに、

また一つ素朴な疑問が湧いてきました。

 

五重塔という言葉は、何の不思議もなく聞いてきました。

三重塔もあります。ところが考えてみると、

「四重塔とか六重塔という言葉は、なぜほとんど聞かないのだろう」

 

そして、もう一つ。

「そもそも、塔は最高で何重まであるのだろう」????

 

普段当たり前のように見ているものでも、

「なぜ?」と考えてみると、意外に知らないことがたくさんあります。

 

今日も、その「なぜ?」から少し調べてみました、、、、、。

 

そもそも、塔は何のために建てられたのかですが、

まず、三重塔や五重塔は、

もともと展望台として建てられたものではありません。

 

仏教寺院の塔は、インドの「ストゥーパ」を源流としています。

ストゥーパは、釈迦の遺骨、つまり仏舎利を祀るためにつくられた建造物です。

それが中国や朝鮮半島を経て日本へ伝わり、

日本では美しい木造の塔へと発展しました。

 

ですから五重塔は、現代のビルのように、

一階、二階、三階、四階、五階、

と人がそれぞれの階を利用する建物ではありません。

塔そのものが、祈りの象徴なのです。

 

「五重塔は知っているけれど、三重塔はあまり見たことがない」

という人もいるかもしれません。

しかし、

日本には立派な三重塔が数多く残っています。

 

奈良県の法起寺には、飛鳥時代に建てられた三重塔があります。

建立は706年頃。

現在、日本に残る最古の三重塔とされています。

 

つまり、三重塔も、五重塔も、

日本の仏教建築では非常に重要な形式なのです。

 

では、なぜ「六重塔」がほとんどないのでしょう?????

ここが一番面白いところです。

 

技術的に六重の建物が造れなかったからではありません。

 

大きな理由の一つとして、

東アジアでは昔から奇数が縁起のよい数として重視されてきた

という文化があります。

 

観光庁の文化財解説でも、

日本の仏塔に三重塔や五重塔が多い背景として、

奇数が吉祥的な数字として好まれてきたことが説明されています。

 

三。五。七。九。いずれも奇数です。

 

反対に、

四。六。八。

といった偶数の層数は、

伝統的な層塔の形式としてはほとんど選ばれませんでした。

 

ですから、

「六重塔が造れなかった」のではなく、

「六重にする文化的な理由があまりなかった」

と考える方が分かりやすいと思います。

 

そして「五」という数字には、

仏教的な説明もあります。

五重塔の五つの層を、地・水・火・風・空

という五つの要素に重ねる考え方があります。

 

地。水。火。風。そして空。

この世界を成り立たせるものを塔という形で表した、

と考えるわけです。

 

そう思って五重塔を見ると、

単に「屋根が五段ある美しい建物」というだけではなくなります。

 

一つ一つの層にも意味があるのです。

昔の人は建物の中に、自分たちの世界観まで込めていたのです。

 

では、五重塔が最高なのでしょうか??

実は違います。

 

日本にはかつて、七重塔もありました。

有名なのが奈良の東大寺です。

 

東大寺には奈良時代、東塔と西塔という巨大な七重塔が建てられていました。

また、

奈良時代に各地へつくられた国分寺でも、七重塔が建立・計画されました。

豊後国分寺跡の復元研究でも、七重塔の姿が模型として再現されています。

 

つまり奈良時代には、

五重塔よりさらに高い七重塔が、国家的な大事業として建てられていた

のです。

 

今残っていれば、ぜひ見てみたいものです。

 

そして調べてみると、さらに上があります。

九重塔です。

現在でも、石造では九重塔が残っています。

 

たとえば福井県の大谷寺には、

1323年につくられた石造九重塔があり、重要文化財に指定されています。

 

大分県にも1267年の銘を持つ石造九重塔があります。

 

ですから、

三重。五重。七重。九重。

と、奇数を重ねた塔の文化が確かに存在していたのです。

 

ところが、ここで終わりません。

さらに驚く塔があります。

 

奈良県桜井市の、談山神社。

ここには、なんと、十三重塔が残っています。

 

藤原鎌足の長男・定慧が、父を供養するため678年に創建したと伝えられ、

現在の塔は1532年に再建されたものです。

 

しかも談山神社によれば、現存する木造十三重塔としては世界唯一。

三重でもない。五重でもない。七重でもない。九重でもない。

十三重です。

 

これは私も改めて調べて驚きました。

 

ここは少し注意が必要です。

「十三重塔」と聞くと、

五重塔の倍以上の高さがある巨大な十三階建ての建物を想像してしまいます。

しかし、

談山神社の十三重塔は、そのような建物ではありません。

屋根を密に重ねた独特の形式です。

 

つまり、「何重」というのは、単純な建物の階数ではありません。

だから十三重塔だからといって、

日本で最も高い木造塔という意味でもありません。

 

ちなみに現存する木造五重塔で最も高いものは京都・東寺の五重塔で、文

化庁の資料では総高約54.8メートルとされています。

 

ここも、面白いところです。

層の数が多い=建物が高い、ではないのです。

 

ここまでを分かりやすく整理すると、

 

三重塔は現在も各地に残っています。

五重塔は日本を代表する仏塔の形式です。

六重塔は

伝統的な層塔ではほとんど見られません。奇数の層数が好まれた文化的背景があります。

七重塔は

古代日本には実際に存在しました。東大寺や国分寺の塔が有名です。

九重塔は石造塔などで現在も残っています。

 

そして、十三重塔

奈良県・談山神社に現存する木造十三重塔があり、

同神社によれば現存世界唯一です。

 

つまり、「五重塔が一番上」ではなかったのです。

 

 

今回、このことを調べるきっかけになったのも、

本当に小さな疑問でした。

「なぜ五重塔なのだろう」「六重塔はないのだろうか」

ただ、それだけです。

 

しかし、一つ調べると、

三重塔があり、七重塔があり、九重塔があり、最後には十三重塔まで出てきました。

そして、その背景には、

仏教の歴史。日本人の数字に対する考え方。昔の建築技術。

人々の祈り。さまざまなものが重なっていました。

 

京都で早朝、お寺の鐘を聞いた時もそうでした。

根津神社で森鴎外の家を見つけた時もそうでした。

谷中の五重塔を調べた時もそうでした。

 

すべての始まりは、「なぜだろう」でした。

 

子どもの頃は、

「これは何?」「なぜ?」「どうして?」と、何度も聞きます。

ところが年齢を重ねるほど、

「そういうものだ」と受け入れることが増えていきます。

 

五重塔を見ても、「五重塔だ」で終わる。

 

鐘が鳴っても、「お寺の鐘だ」で終わる。

 

しかし、そこで一度、「どうしてだろう」

と立ち止まるだけで、今まで見えていなかった世界が見えてきます。

 

もしかすると、

年齢を重ねてから大切なのは、知っていることを増やすことだけではなく、

もう一度、

知らないことに気づける自分になることなのかもしれません。

 

そして三重塔、五重塔、十三重塔について調べながら、ふと思いました。

人の人生も、少し塔に似ているのかもしれません。

 

若い頃に積み上げた経験。仕事で苦労した経験。

人との出会い。失敗。成功。

別れ。喜び。学び。

一つ一つは、その時には別々の出来事です。

 

けれど、長い人生を振り返れば、

それらが一段、一段と積み重なって、

今の自分という一つの塔をつくっている。

 

そう考えることもできるのではないでしょうか。

 

大切なのは、何段あるかではありません。

高いか低いかでもない。

一段一段を、どれだけ丁寧に積み上げてきたか。

 

三重には三重の美しさがあり、

 

五重には五重の美しさがあり、

 

十三重には十三重の美しさがあります。

 

人も同じではないでしょうか。

他人と自分の人生を比べる必要はありません。

 

自分に与えられた一日を、

今日また一段、丁寧に積み重ねていく。

それがいつか、

その人にしかない美しい「人生の塔」になっていくのだと思います。

 

そして明日、五重塔を見た時、

私はきっと以前とは違う目で見上げるでしょう。

 

知る前と、知った後では、同じ景色でも違って見える。

 

それこそが、

何気ない日常の中で「なぜ?」を持つ楽しさなのかもしれません。

 

明日は

やっと アノ人の話に

続く、、、、 かな

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/

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