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社長&顧問ブログ

2026.9.4

いまだに東京に

高光産業株式会社

妹尾八郎です

 

昨日までは、平将門を追いかけてからの

色々な話でした。

 

東京・大手町で偶然見つけた将門塚。

「これは何だろう?」

という、私のいつもの好奇心から始まった話でした。

 

平将門とは何者だったのか。

なぜ首が京都から飛んできたという伝説が生まれたのか。

 

なぜ将門塚は恐れられてきたのか。

なぜ朝廷に背いたとされた人物が、神様として祀られるようになったのか。

 

そして将門を討った藤原秀郷。

さらに大ムカデの伝説にまで話は広がりました。

 

今日は、もう一度、

私が最初に立っていた東京・大手町へ戻ってみたいと思います。

 

改めて考えてみると、大手町という場所は実に不思議です。

 

日本を代表する企業が集まり、金融機関が集まり、

世界中の情報が集まり、毎日、莫大なお金が動いています。

 

人々はスマートフォンを手に、足早に歩いていきます。

まさに日本の「今」を象徴するような場所です。

 

ところが、その高層ビル群の中に、

千年以上前に亡くなった一人の男の記憶が残されている。

平将門。

 

最先端の東京と、千年前の日本。

その二つが、同じ場所に存在しているのです。

 

私は改めて、これはすごいことだと思いました。

 

将門が生きていた頃、

もちろん「東京」という名前はありませんでした。

 

江戸が大都市となり、明治になって東京となり、

関東大震災があり、戦争があり、戦後復興があり、

高度経済成長がありました。

 

木造の町は、

鉄とコンクリートの都市へ変わりました。

 

低かった建物は、

空へ向かって伸びていきました。

 

そして今では、

世界でも有数の巨大都市です。

 

千年という時間の中で、

東京の景色はほとんどすべて変わったと言ってよいでしょう。

 

それなのに、将門の記憶は消えなかった。

私は、そこに強く心を引かれます。

 

最初に将門塚を見た時、

私は、「よくこんな一等地に残ったものだ」

と思いました。

 

しかし、調べているうちに、少し考え方が変わりました。

 

将門塚は偶然、「残った」のではないのかもしれません。

 

その時代、その時代の人たちが、

「ここは大切にしよう」「これは次の世代へ渡そう」

と思った。

 

だから、「残した」のではないでしょうか。

 

物は、放っておけば壊れます。

記憶は、放っておけば薄れていきます。

伝統も、誰も守らなければ途絶えます。

 

千年残るということは、その千年間のどこかで、

何度も誰かが、「これは忘れてはいけない」

と思ったということなのだと思います。

 

そして東京には、もう一つ将門と深く結びついた場所があります。

神田明神です。

 

神田明神では現在も、平将門命が御祭神の一柱として祀られています。

 

江戸の町を見守り、時代が東京へ変わっても、

多くの人が参拝する場所であり続けています。

 

大手町の将門塚。神田明神。

形は違っても、

千年以上前の一人の人間の存在が、現代の東京の中に息づいている。

 

歴史とは、博物館の中だけにあるものではないのですね。

 

私たちは気づかないだけで、歴史の上を毎日歩いているのだと思います。

 

大手町を歩いている人たちの多くは、

仕事へ向かっています。次の会議。次の商談。今日の売上。

今月の数字。明日の予定。

私も仕事をしていますから、その気持ちはよく分かります。

 

人間は忙しくなるほど、前ばかりを見るようになります。

もっと先へ。もっと速く。もっと大きく。

 

もちろん、それも大切です。

しかし将門塚は、

そんな東京の真ん中で、黙ってそこにあります。

 

そして私には、

こう言っているようにも見えるのです。

「時々、足元も見てみなさい」

と。

 

会社も同じです。

今ある会社は、最初から今の姿だったわけではありません。

創業した人がいる。仕事を取ってきた人がいる。

苦しい時代を耐えた人がいる。失敗した人がいる。

会社を辞めていった人もいる。

名前も記録も残っていない人がいる。

 

そういう無数の人たちの仕事の上に、

今の会社があります。

 

地域も同じです。そして国も同じです。

 

私たちは、誰かがつくってくれた「続き」を生きている。

将門塚を見ながら、私はそんなことを考えるようになりました。

 

私は新しいことを考えるのが好きです。

人がやっていないことを考える。

「こんな仕組みがあったら便利ではないか」

「こんなことが出来たら面白いのではないか」

そういうことを考えている時が楽しい。

 

だから最初は、

東京の一等地に千年前の塚があることを、

「新しい東京の中に古いものが残っている」

という感覚で見ていました。

 

でも今は少し違います。

新しいものと古いものは、反対ではない。

 

古いものから何かを受け取り、

それを次の時代に合う形へ変えていく。

そこから本当の新しさが生まれることもあります。

 

歴史を知らずに新しいものを作るのと、

歴史を知った上で新しいものを作るのとでは、

出来上がるものの深さも違うのではないでしょうか。

 

ここで私は、少し途方もないことを考えました。

将門が亡くなってから、千年以上。

 

では、今から千年後の東京は、どうなっているのでしょう。

 

今ある高層ビルは、おそらく残っていないでしょう。

今使っているスマートフォンも、自動車も、

私たちには想像できないものに変わっているでしょう。

 

会社の名前も変わっているかもしれません。

 

しかし、

 

人を思う心。恩を忘れない心。亡くなった人を大切にする心。

困難に立ち向かう勇気。次の人へ何かを渡そうとする心。

そういうものは、

千年後にも残っていてほしい。

 

私はそう思います。

 

平将門は、

千年後に自分の名前が残ると思っていたでしょうか。

おそらく、そんなことは考えていなかったでしょう。

 

ただ、自分の時代を必死に生きた。

 

その生き方を見た人たちが、

将門について語った。次の人がまた語った。

そしてまた次の人へ。その繰り返しが、

千年になった。

 

だとすれば、

人が後世に残るということは、自分で決めることではないのかもしれません。

 

「自分の名前を残そう」

と思うことより、

 

今、目の前の人に何をするか。今日の仕事をどうするか。困っている人にどう接するか。

その積み重ねを、

後の人が見ているのだと思います。

 

そして私は今回、もう一つ大切なことに気づきました。

 

もしあの日、大手町を歩いていて、将門塚の前をそのまま通り過ぎていたら。

 

この話はありませんでした。

 

平将門について、ここまで調べることもなかった。

藤原秀郷について知ることもなかった。

 

大ムカデの伝説を読むこともなかった。

 

そして、

人が何を後世へ残すのか、

こんなに考えることもなかったでしょう。

 

すべては、「これは何だろう?」

という小さな疑問から始まりました。

 

私は昔から何にでも興味を持ちます。

 

時には、

「そんなことまで調べるのですか」

と言われることもあります。

 

でも、私はこれでいいと思っています。

 

知らないものを見た時、

「自分には関係ない」と思えば、そこで終わります。

 

しかし、「なぜだろう?」

と思えば、

そこに小さな扉が現れる。

 

その扉を開けてみると、

昨日まで知らなかった世界がある。

 

そして時には、

自分自身の生き方まで考えさせられる出会いがあります。

 

今回の将門塚が、まさにそうでした。

 

今回の話し迄

千年以上の時間を行ったり来たりしてきました。

 

平安時代へ行き、京都へ行き、関東の戦場へ行き、

琵琶湖の伝説へまで寄り道しました。

 

そして今、私はもう一度、

あの日の大手町に戻ってきました。

高層ビルの中にある、小さな将門塚。

 

でも今なら、

最初に見た時とは違うものが見える気がします。

 

そこにあるのは、

単なる石碑でも、

怖い祟りの場所でもありません。

千年以上にわたって、人から人へ渡されてきた「記憶」なのではないでしょうか。

 

そしてこの長い寄り道をして、

最後に私は自分自身へ一つの問いを持つようになりました。

 

平将門が千年以上の時を越えて、

私にまで何かを渡してくれたのなら

私は、次の人に何を渡していけるのだろう??。

 

明日は

「人は何のために学び、何を残して生きるのか」

 

についての話に続く、、、。

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