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社長&顧問ブログ

2026.10.29

お祭りを楽しむ人と、そこで暮らす人

高光産業株式会社

妹尾八郎です

 

お祭りが終わった翌朝。

街には、いつもの朝がやって来ます。

昨夜までのにぎやかさが嘘のように静まり返った通り。

 

ところが、その道端には、

飲み終えた空き缶や食べ物の容器、

使い捨てられた衣装の一部などが残されていることがあります。

 

そんな光景を目にすると、私は少し残念な気持ちになります。

 

昨日までは、

日本にハロウィンが広まっていった歴史をご紹介しました。

 

最初は、原宿で行われた100人ほどの小さな仮装パレード。

それが長い年月をかけて、

日本中で楽しまれる行事へと成長していったのです。

 

ところが、ハロウィンの歴史を調べているうちに、

もう一つ、考えさせられることに出会いました。

 

それは、

お祭りを楽しむ人と、その街で暮らしている人との関係です。

 

例えば東京の渋谷。

ハロウィンが近づくと、

仮装した人々が街に集まることで知られてきました。

 

しかし、あまりに多くの人が集まるようになり、

混雑や騒音、ごみの放置などが問題になりました。

 

そして2024年10月から、渋谷駅周辺の指定された区域では、

ハロウィン期間中だけでなく、

年間を通して夜間の路上飲酒が禁止されることになったのです。

 

私は、この話を知って、少し考えました。

 

もともとは、

人々が楽しく過ごすためのお祭りだったはずです。

それが、

なぜ厳しい規制を必要とするようになってしまったのでしょう。

 

もちろん、

大勢の人が集まれば、ある程度の混雑は避けられません。

けれど、

そこには忘れてはならないことがあるように思います。

 

私たちがお祭りを楽しんでいる街には、

そこで毎日暮らしている人たちがいるということです。

 

お店を営んでいる人。その近くで生活している人。

夜遅くまで仕事をしている人。

そして、

翌朝早くから街をきれいにしてくださる人たちです。

 

お祭りに参加する人にとっては、年に一度の特別な夜。

しかし、

そこで暮らしている人にとっては、

昨日も今日も、明日も続いていく大切な生活の場所なのです。

 

私は、ここで一つの光景を想像してみました。

 

まだ薄暗い秋の早朝。

昨夜まで大勢の人でにぎわっていた街を、一人の清掃員が歩いています。

手にはほうきとごみ袋。

道端に落ちている空き缶を拾い、散らばったごみを片付けていきます。

やがて、

別の場所からも、ごみ袋を持った人たちが集まってきます。

若い学生もいれば、仕事の前に参加する社会人もいるでしょう。

 

誰に頼まれたわけでもなく、

自分たちの街をきれいにしようと集まってきた人たちです。

 

実際に渋谷では、

ハロウィンの時期にボランティアによる清掃活動が行われています。

 

2026年も「渋谷ごみゼロ大作戦」という取り組みがあり、

清掃用具の貸し出しや、ごみの回収を通して、

そうした活動を支援しています。

 

私は、この活動を知って、何とも温かな気持ちになりました。

 

誰かが散らかしたものを、別の誰かが片付けている。

そう考えると、少し寂しい話のようにも思えます。

しかし、

そこには自分たちの街を大切にしようという人々の思いがあります。

 

そして、私は思いました。

お祭りというものは、

華やかな時間だけで成り立っているわけではないのですね。

 

準備をする人がいる。安全を守る人がいる。

参加する人がいる。そして、終わった後に片付ける人がいる。

 

そのすべてがあって、

初めて一つのお祭りが成り立っているのでしょう。

 

考えてみれば、これは私たちの日常生活にも通じることです。

 

楽しい食事会が終わった後、誰かが食器を片付けています。

大きな催しが終われば、会場を元の姿に戻している人たちがいます。

私たちが気持ちよく過ごしている場所には、

見えないところで誰かの働きがあるものです。

 

ところが、そのことをつい忘れてしまうことがあります。

 

私は以前から、人間にとって大切なのは、

自分が何を得られるかということだけではないと思ってきました。

 

自分がそこにいることで、周りの人にどんな影響を与えるのか。

それもまた、大切なことではないでしょうか。

 

自分が楽しむことで、周りの人も楽しくなる。

自分が参加することで、その街のお店や人々も喜んでくれる。

 

そんなお祭りであれば、きっと長く愛されていくことでしょう。

 

私は、今回のハロウィンの歴史をたどりながら、

昔のスコットランドの村で、

仮装した子どもたちを笑顔で迎えていた人々のことを思い出しました。

 

あの頃のハロウィンには、

訪ねる人と迎える人の間に、ささやかな交流がありました。

人を楽しませようとする気持ちと、それを喜んで受け入れる気持ち。

そこには、お互いを大切にする関係があったのでしょう。

 

お祭りの形は変わっても、そんな気持ちは残していきたいものです。

 

そして、私はもう一つ、素敵なことを考えました。

もし、お祭りが終わった後、

自分が使った場所を少しだけきれいにして帰る人が増えたらどうでしょう。

あるいは、ごみを拾っている人を見かけたときに、

ほんの一言、

「ありがとうございます」

と声をかける人が増えたらどうでしょう。

 

それだけで、街の雰囲気は少し変わるような気がします。

 

大きなことをする必要はありません。

ほんの小さな心遣いでよいのです。

 

本当に楽しいお祭りとは、

参加した人だけでなく、そこで暮らす人たちも、

また来年を楽しみにできるお祭りなのかもしれません。

 

そう考えると、

お祭りの価値は、参加した人の数や、

にぎわいの大きさだけでは測れないように思います。

 

お祭りが終わった後、そこにどんな気持ちが残るのか。

それもまた、大切なことなのでしょう。

 

さて、いよいよハロウィン当日が近づいてきました。

 

これまで、かぼちゃや魔女、お化けなど、

さまざまなものの歴史をたどってきました。

ところが、店先の飾りを改めて眺めてみると、

まだ一つ、気付いていなかったことがありました。

 

それは??????

の話しは、、、、。

 

明日へ続く、、、、、、、、、、。

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