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2026.7.2
高光産業株式会社
妹尾八郎です
前回は、不動明王が怖い顔をしている理由をご紹介しました。
実は、不動明王のお話には、もう一つ面白い歴史があります。
今日は番外編の話になります、、、。
東京へ行くと、「目黒不動」
という名前を耳にしたことがある方も多いでしょう。
しかし、よく調べてみると、
「目赤不動」 「目白不動」 「目青不動」 「目黄不動」
という不動明王まであるのです。
「どうして目の色が違うの?」
と思われますよね。
実は、不動明王の目の色が違うわけではありません。
これは江戸時代につくられた
「五色不動」と呼ばれる信仰に由来しています。
江戸の町を災いから守り、人々の安全を願うため、
東西南北と中央に五つの不動明王を配置したのです。
それぞれに色が付けられ、
目黒不動 目赤不動 目白不動 目青不動 目黄不動
と呼ばれるようになりました。
最も有名なのは、もちろん「目黒不動」です。
正式には瀧泉寺といい、
江戸時代には多くの人々がお参りに訪れる人気のお寺でした。
一方、「目白」という地名も、
実は目白不動があったことから広く知られるようになったと言われています。
さらに「目黒」も、
不動尊への信仰が地域の名前として定着したという説があります。
つまり、今では駅名や地名として親しまれている「目黒」や「目白」も、
お寺と深い関わりがあるのです。
では、なぜ「黒・赤・白・青・黄」の五色だったのでしょうか。
この五色は、古代中国から伝わった「五行思想」と深い関係があります。
木・火・土・金・水という五つの自然の力を、それぞれ
青・赤・黄・白・黒
の五色で表し、自然との調和や災い除けの意味を持たせたのです。
江戸の人々は、その考え方を取り入れ、
五人の不動明王が町全体を守ってくださるよう願いました。
現代では、何気なく駅名として見ている「目黒」や「目白」。
その名前の奥には、三百年以上前の人々の願いと、
不動明王への深い信仰が受け継がれているのです。
東京を訪れる機会がありましたら、駅名だけではなく、
その地名の由来にも少し目を向けてみてください。
きっと、いつもの街並みが少し違って見えてくることでしょう。
さて、番外編はここまでです。
次回は、本堂で優しい微笑みをたたえる仏様、
「千手観音は、本当に千本の手を持っているのか?」
の話に進む、、、、。